第一章

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不良というのはもっと粗雑かつ乱暴で言葉の通じない二足歩行するサルのようなものだと思っていた。 でも大我は全然違った。 「加賀屋君、どうして学校来てなかったの?」 「読みかけのラノベが面白すぎて全巻読破したいと思ったら家から出られなくなった。マジやばいあれ、ハマったら抜けらんない。沼」 最初こそ凄むような物言いに身構えてしまったものの、いざ面と向かって話してみると意外と気さくで話しやすい。しかも大我が学校に来なかった理由は暴力沙汰で謹慎をくらったとかではなく、単純にサボりのようだった。 どうやら僕らは学園ドラマの見過ぎらしい。 「加賀屋君が学校に来ないのは他校の生徒を半殺しにして謹慎くらってるからだって噂されてたよ。他にも女性教師とヤッてるとこ見つかって謹慎くらったとか」 「は?なんじゃそりゃ。俺は喧嘩売られりゃ買うけど自分からは行かねえよ。痛えもん、人殴ると。女教師モノにも別に興味ねえし」 人を殴ると痛いということを体験的に知っているということは、イメージ通り喧嘩自体はするのだろう。たしかによく見ると生傷がちらほら散見できた。ただそれも、おそらくは何かで因縁をふっかけられて仕方なくといったことなのだろう。 僕には無縁な世界の話でまったく想像など出来ないが、とりあえず大我はその見た目のせいで損をしているらしいということだけはわかった。 切長の三白眼に色素の薄い髪色で制服を見事に着崩した男は、それでもなぜ自分にそんな噂が立つのだろうと本気で不思議に思っているらしい。解せないと言いた気に首を傾げる姿に、僕はついつい吹き出した。 「そりゃ加賀屋君はその見た目だから噂も立つって。うちの学年で派手な髪色は加賀屋君しかいないし。でもなんでわざわざそういう色に?」 廊下を歩きながら尋ねてみた。 「なんでって言われても、これ、地毛だから」 「え、地毛?本当に?」 「まあ、大抵疑われるけどな。母親がアメリカ人だから、多分そっちの家系の遺伝」 「へえ、そうなんだ」 隣を歩く大我の横顔をちらりと覗き見る。 何を考えているのかよく分からない表情だった。感情が表に出にくいタイプなのかもしれない。 「なに」 大我が急にこちらを向いて、目があった。 さっきは気にならなかったけど、たしかに言われてみれば瞳の色もやや薄い。なんとなく全体的に淡い色彩の男だなと思っていた。 だからなのか、突然声をかけられた僕は意味のわからない言葉を口にした。 「なんか、加賀屋君って春っぽいイメージだなと」 「春…?」 「えっと、なんていうか、綺麗だなと思ってさ。髪とか、タンポポみたいだし」 冷静になればなるほど、自分は一体なにを口走っているのだろうと羞恥心に閉口する。 変な間が空いて、僕は居た堪れずにまた大我の顔を覗き見ようとした。 そしたら、大我は堪えきれないと言った様子で笑い出した。 「おまえ…タンポポって…俺の頭のこと?そんなこと言われたの初めてなんだけど…ちょっ…笑い過ぎで腹いてえ」 よく見ると目には涙が溜まっている。 怒るのではなく、笑った。 不良だの問題児だのとレッテルを貼られた同級生はどうやらただの自由人らしい。 ちょっと見た目や口調が強めなだけの、至って普通の高校生男子だった。 「あー笑った。面白いな委員長」 「その委員長って呼び名やめない?」 「だって俺、委員長の名前知らねえもん」 「小笠原秀治(おがさわらしゅうじ)」 「へえ、シュージ。どう書くんだ?」 「秀でるの秀に統治の治」 「ははっすげえな。まんまじゃん」 くしゃりと笑う屈託のない笑顔はまるで少年のようだった。昔から打算の中で生きてきた自分にはなかったもの、それを彼は持っている。 少しだけ、羨ましいなと思った。 「なあ、秀治」 もうすぐそこが目的地だったのだが、それを言う前に大我が突然僕の名前を呼んだ。名を呼ばれた時、妙にどきりと心臓が鳴ったことに自分でも戸惑い、思わず立ち止まる。 「なに?」 「お前さっき、俺のことタンポポみたいって言ったろ?なんかあれ、嬉しかった。ありがと」 「は?嬉しい?なんで?」 大我もどうやら空き教室の扉に貼られた『教育実習生控え室』の張り紙に気付いたらしく足を止める。 「俺、生まれ変わるならタンポポになりたいって思ってたんだよね」 「なにそれ、その見た目でメルヘンかよ」 今度は僕の方が笑ってしまった。 久しぶりに打算ではない笑みが生じ、はっとする。大我はそんな僕を見て、またふっと笑みをこぼす。優しい、春風みたいな笑みだった。 「もっと堅物なのかと思ってたけど、お前面白いのな。ここまでありがと。またな、秀治」 それだけ言って大我は「失礼しまーす」と間延びした声を上げながら扉の向こうに消えていった。 取り残された僕は早足で教室に戻る。 胸の高鳴りが止まない。なんだろうこれは。 むず痒いような痛みはまとわりついてしばらく離れてくれなかった。
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