第一章

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2  僕は日を追うごとに教室の中で微妙なポジションに立たされることになった。 あれから、なぜか大我が日常的に絡んでくるようになっていた。 不良の加賀屋とつるむ委員長は一体何者?とでも言いたげな空気が始終まとわりついて離れない。 「大丈夫?小笠原くん何か弱みでも握られてるの?」 「先生に相談しようか?」 「クラス委員長だからってなにも無理して相手しなくてもいいと思うよ?」 気遣うようにこっそりと声をかけられるたび僕は否定して過ごしていたが、だんだんとそれも面倒になり、どうしたものかと思案していた。 「よお、委員長。今日も眉間にきっちり皺を刻んでるなぁ」 ケラケラと笑いながら三限終わりの休み時間に大我は平然と登校してきた。はじめの頃こそ注意をしていたが、こいつは何度言っても始業までにやってきた試しがない。 それもまた悩みの種ではあった。 「誰かさんが僕を悩ませるからだ」 「いやぁごめんって。朝は本当にダメなんだよ。どれだけ頑張っても起きれないんだ。布団ちゃんが俺を離してくれないんだよ。行かないでぇ大我〜ってさ」 「あほくさ…」 こんなやりとりをしていてもクラスの人間には凶暴かつ獰猛な野獣にでも見えるらしく、大我に話しかける者はいなかった。 本当に比喩でもなんでもなく、大我が会話を交わすのはクラスで僕だけだったのだ。 「あ、そうだ。秀治さ、今度の日曜ひま?」 大我が学校外で僕に関わりをもとうとするとは思っていなくて、咄嗟のことに思わずぽかんとしてしまう。大我はそんな僕を見てまた笑う。 「なんか今の顔バカっぽい」 「突然人の顔面をディスんなよ。日曜たとえ暇でも付き合ってやんないぞ、そんなこと言う奴には」 まだなにかに誘われたわけでもないのについついそう口走っていた自分を恥ずかしいと思った。でもそれを表には出さないようになんとかして堪える。 「ええ、そんなこと言うなよ。連れていきたいとこがあるんだって。な、いいだろ?なんかおごるからさ」 両手を合わせて拝むみたいなポーズをとる大我。それを見たクラスメイトは一斉にまたざわめいた。 あの加賀屋に頭を下げさせるとは委員長はやっぱり只者ではないのかも…? さしづめそんなところだろうか。 僕はやれやれと思いながら大我に待ち合わせの時間と場所を聞いた。 「あ、そうだ。手貸して」 乞われるままに右手を差し出すと、机の上に置いていた筆箱から勝手にペンを引き抜いて、大我は僕の手の甲に何かの文字を書き始めた。 「なにすんだよ急に」 動揺を隠すように強めに言うと大我はニヤリと笑ってペンを戻した。 「それ、俺のLIMEのID。検索したら出るから登録して」 じゃあなと嵐のように去っていく大我の背中を呆然と見送り、それからじっと自分の手の甲を見つめる。 「もし僕がLIMEやってなかったらどうするんだよ」 そんな風にぼやきながらも、僕にはわかっていた。きっとやっていなかったとしてもこれを機会にインストールしていたことだろう。そういう確信が奴にもあったのか、それともただの抜けた奴なのかは定かではないが、結局僕はそのIDを検索し、すぐに登録を済ませた。 『小笠原です。よろしく』とだけメッセージを送るとすぐにスタンプが返ってきた。 芝犬をデフォルメした感じの可愛らしいキャラクターがはしゃぎ回っているイラスト。 次いで、さんきゅーとだけメッセージが送られてくる。 イメージ詐欺にも程があると思う。 そして僕はやはりそういうギャップに弱いらしい。 話しかけに来た章司(しょうじ)がギョッとしたように僕を見た。 「シュウ、なに朝からニヤついてんの?」 僕は慌ててニヤついてなんかないよと否定したが、章司は怪訝そうに首を傾げていた。 ハッと顔を上げると笑いを堪えているらしい大我の後ろ姿が見えてイラッとした。 (あいつといると調子が狂う) そう思わずにはいられなかった。
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