第一章

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約束の日曜日は見事な快晴だった。 指定されたのは一度も降りたことのない駅で、約束の20分近く前に着いてしまったというのに大我はすでにそこにいた。 「早くね?」 近づくと、スマホをいじっていた手を止めて大我が顔を上げた。 「そっちこそ。そんなに俺とのデート楽しみだった?」 ニヤリと悪戯っぽく笑う大我に呆れ顔を向ける。 制服姿ではない大我を見るのは当然ながら初めてで、本当のことを言えば僕は今日を結構楽しみにしていた。 というのも、友人と連れ立って出掛けるという行為自体が随分と久し振りだったのだ。 「それにしても、なんでまたこんな渋い場所に?」 駅を出ると古い古書店街が道なりに続いていた。どちらかというと若者よりも年配者の人口比率の方が多そうな町並みだ。 お世辞にも大我のイメージではない。 「行きたいところがあって。というか、連れていきたいところ?」 まあ行けば分かると言って大我は僕の手を掴んで無理やり歩き出した。 初夏の頃だったせいか、その手は熱く、ほんの少し汗ばんでいた。 僕はその手を解くことも出来たのに、なぜだかそう出来ないままについて歩いた。 これではまるで手を繋いで歩いてるみたいじゃないか。高校生男子がそんなことをしていては悪目立ちもいいとこだ。 そう思うのに、僕はなす術もなくされるがままについていく。 「ついた、目的地」 大我は古めかしい店の前で足を止めた。 『香文堂』 木でできた看板にはそう記されている。 これがこの店の屋号なのだろう。 大我は慣れた手つきで店の引き戸を開けた。 「こんちはっす。杏子さんいる?」 店の中は雑貨屋と本屋のちょうど真ん中のような様相を呈していた。 アジアンから北欧、日本人形まで世界各国の人形がカオスティックに肩を並べている。 かと思うとこの町に似つかわしい重くどっしりと構えた本棚にはびっしりと本が敷き詰められていた。 異空間じみている。 それが僕の第一印象だった。 「おおー大我じゃん。久しぶり。そっちは友達?」 店の奥から僕があまり普段絡まないタイプの女の人が出てきてギョッとした。 この店の従業員の方だろうか? 「あ…はじめまして」 たじろぎながらも頭を下げると、その人は豪快に笑った。 「んな堅苦しい挨拶はいらんって!君も気楽に杏子さんって呼んでくれたまえよ。大我の友達なら大歓迎だ」 あっはっはと大口を開けて笑う大人の女性を僕は初めて目の当たりにしたかもしれない。 気圧されたというのが正しいところなんだろうけど、僕はどうしてもすぐに杏子さんと打ち解けるという風にはなれず、店の中を見せてもらうふりをしながら遠巻きに大我と杏子さんのやり取りを覗き見ていた。 (あの二人、どういう関係なんだろう) 見たところ、杏子さんは二十代半ばくらいのようだ。高校生の僕たちからしたら随分と大人なわけだが、二人はかなり親密な様子で戯れ合っている。 (大我のあんな楽しそうな顔、初めて見たな) 僕の知らない大我がそこにはいた。 杏子さんだけが知る大我の一面というものがあり、二人にしか分からない時間の流れというものがある。それを見せつけられたような気がした。 僕の入る余地のない、二人の関係性。 クラスにおける空気感が、いつのまにか大我のことは自分が一番よく知っているという驕った気持ちを生んだのかもしれない。 そう思うと急に羞恥心が込み上げてきて、居た堪れない気持ちになった。 僕はなぜ、こんなところにいるのだろう。 僕はなぜ、こんな惨めな気持ちになっているんだろう。 胸が苦しい。というか、痛い。 「なんで…」 思わず口をついて出た言葉。 大きい声ではなかったはずなのに、その時、大我が急にこちらを向いた。 「秀治?どうした?顔真っ青だけど」 大我が近づいてくることで動悸が激しくなった。目眩に近い不快感に苛まれる。 「なんか調子わるくて。ちょっと外の空気吸ってくるよ。多分軽い貧血か何かだから、すぐ治る」 僕は呼び止める大我の声も聞かずに店の外に逃げ出した。
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