枕になんて

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 素直になれ、と噛んで含めるように言い聞かせる俺に、忠成(ただなり)が今にも泣き出しそうな顔になる。 「……でもっ!」  それでもまだ迷うところがあるのか、寸でのところで涙を引っ込めると、忠成は伏せていた視線を真っ直ぐ俺のほうへ向けて口を開いた。 「俺、兄貴だから……」  妹が出来た瞬間、自分は兄になってしまったのだと忠成は言う。  そうなった以上、子供の頃のようにいつまでもメソメソしてみんなに心配をかけるわけにはいかないのだ、と。  祖母が亡くなったときみたいにどん底まで落ち込んで、両親の手を患わせるような真似は出来ないのだと言って口ごもる忠成に、俺は言葉を失った。  子供だ、子供だと思っていた忠成の、意外な苦悩に虚を突かれて呆然としたのだ。  忠成は忠成なりに考えて頑張っていた。  例えそれが傍目には無謀な虚勢であったとしても――。  忠成の気持ちも分からないではない。  俺にだって、無理は承知で頑張りたいと思ってしまうときがままあるし。  でも、忠成ほど真っ直ぐじゃない分、適度に力を抜くことも知っている俺は、どうすれば自分の中に溜めずに済むかも計算付くなのだ。  不器用なぐらいに裏表のない忠成の頑張りは、逃げ場が無いだけに見ていて痛々しい。 「お前の言いたいことはよく分かった。……けど、家族の前では無理しなくちゃいけないとしても、せめて俺の前でぐらいは素直になれないか?」  自分で逃げ道を作ることが出来ないのなら、俺が作ってやればいい。 「……っ!?」  その言葉に、ビックリしたように瞳を見開く忠成を、俺は恐る恐る抱き寄せた。  どうか心臓のドキドキを見破られませんように。  そう願いながら。  嫌がって俺を突っぱねるかと思っていた忠成が、予想に反しておとなしくしていることに、俺の心臓はますます(やかま)しくなる。
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