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吸血鬼はマドレーヌの夢を見るか
紅茶は沸騰したての湯を使う。茶葉はゴールデンチップと呼ばれる、茶葉を乾燥後、金色に光るものだけを使ったスリランカ・ディンブラ産のミディアム・グロウンティー(中高地産茶)だ。
ティーポットはあらかじめよく温めておく。紅茶の風味をよりよくするためのものだけれど、高級なティーポットは器が薄く割れやすいためとくにそれが必要なんだ。さて紅茶の淹(い)れ方なんだけど、これは四種類あるんだ。一般に…。
「おい」
「え?」
「なにそこでブツブツ言ってんだよ」
「なにって…」
さわやかな秋風が広場を吹き抜ける。大きな噴水があるこの大きな公園で、ぼくは午後のひと時を過ごすのが好きなんだ。なのに彼ったら、まあいつもそういう幸せな時を過ごすぼくの邪魔ばかりする…。でもまあ、それも嫌じゃないけれどね。
「あのさ、スタバのアールグレイ飲みながらさ、紅茶のうんちくやめてくんない?」
黒いシャツに黒いズボン。まるっきりおしゃれというものを理解していないこの野暮青年は御影(みかげ)護良(もりよし)と言って大学生でぼくの仕事のパートナー…そしてぼくの…。
「なあヨッシー、雰囲気壊すようなこと言うのは禁止って前にも言っただろ?ぼくはぼくでこう、リッチなセレブティックな午後をこうして楽しんでいるんだよ?」
「やかましい。なにがセレブだ。いい加減現実見ろ。仕事が暇で毎日こうやってるだけだろ。いい大人が昼日なかやっていいことじゃないぞ。それに俺のことをヨッシーと呼ぶな!俺はどこぞのゲームキャラじゃないんだぞ」
「いいじゃないか、かわいいし」
「よくない!」
まったくふざけたやつだ。もうすぐ三十にもなろうというのにこのありさま。ま、まあ服のセンスはいいし、それに見合う容姿も持っている。街を歩くだけで女なんかよりどり。そりゃまあそういうのに、たまに俺は嫉妬してみたりするんだが、それはまあしかたがない。そういう性質なのだ。俺も、こいつも。だがそれは人に知られちゃいけない秘密なんだが。
「すぐ怒るなよ。シワが増えるぞ」
「増えねえよ!」
ああいちいち気に障りやがる。こいつは聖森(せいもり)神人(かみと)、俺のパートナーだ。どこで生まれどこで暮らしてたかは知らない。だが確かなのは、キザで我儘でバカでインチキヤローだがどこか憎めないってことだけだ。そして俺のバイト先のオーナーでもあるし、まあそこそこ尊敬している。ただし、それはあることに関してだけだけど。
「ほら、大学生協のマドレーヌ買ってきた」
「ああ、いつもありがとう」
「おまえホントにこいつ好きな」
「あたりまえだ。吸血鬼の好物って知らないのか?ねえ一緒に食べない?ほら…」
「やめろ!知らねえし!そんなわけねえし。てかこんなところでそれ言うな!」
そうさ、俺たちは吸血鬼、なんだ。まあ恋人同士でもあるけれど。
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