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迷える子羊
上野の雑居ビルの一室にある事務所…それがこのキザオくんの世界だ。出版・広告代理などいかにもいかがわしい商売をしている。大学二年のとき、当時金に困ってた俺がやむにやまれずバイト先に選んじまった。いまじゃすげえ後悔している。
「じゃあお話を聞こうか。あ、ヨッシー、お茶をお願い。茶葉はウバでミルクティーにしてね」
「やかましい!番茶しかねえよ!」
「まったくもう…ごめんね、騒々しくって。で、なにか困りごと?」
目の前の中学生ぐらいの女の子。いまどきの子にしては珍しく、化粧っ気もない。こんな繁華街に出てくるには珍しいよね。
「えと…」
言いにくそうだね。無理もない。公園でいきなり声をかけられて連れて来られちゃったんだもんね。護良…ヨッシーにはそういう才能がある。悩みをもって、ぼくらを探しているやつを見つけ出す才能がね。
ぼくらは人の悩みを解決する仕事をしている。もちろん裏稼業だけど、けっこう繁盛しているんだ。もちろん口コミだけでおおっぴらに宣伝もしていないんだけど、この世のなか、悩みを持った人間なんてごまんといるんだなって、ぼくは感心しているんだ。
「あんた、何か悩んで俺たちを探していたんだろ?信用するかしないかはあんたの勝手だけど、藁をもすがるって気持ちなら、いまがそのチャンスなんだぜ」
そう言ってヨッシーは乱暴にティーカップを娘の前に置いた。なんだ、ちゃんとミルクから沸かしたミルクティーじゃないか。なんだかんだ言いながら…。
「なんだよ?」
「いやいや、まああれだ」
「ふん」
根暗で愛想がなく嫌味なやつだが、それがまたいいんだよね、彼。
「あの…あたし、もう…どうしたらいいのか…」
少女の名は吉村美紀と言った。都内の公立中学に通うごく普通の中学生だ。
「儀式?なにそれ」
「わかんないんです。でも、友だちの…由紀がそれにはまっちゃって」
いま彼女らの同級生のあいだで急速に広がっている遊び…いやどうも本気らしいのだが、それはつまり願い事を叶える儀式、とのことらしい。
「まあそんな遊びは子供のときはみんなだれでもするし、すぐに飽きちゃうんだけどなあ」
「そうじゃないんです!みんな…みんなそれでおかしくなっちゃってるんです!」
「へえ、たとえば?」
少女はするとぶるっと身震いしてその小さなからだをさらに縮めた。
「お互い、傷をつけ合ったり、その血を舐めあったりするんです」
「それをきみは見たの?」
「あたし一回誘われて…それでそれを見ちゃって…それも儀式だって言うんだけれど…あたし恐くなって逃げちゃったんです!それ以来学校に行けなくて…」
そう言って少女は泣き出してしまった。そうだよね、こんなこと誰にも相談できないよね。
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