13人が本棚に入れています
本棚に追加
曙彦は疲れきった表情で暗い夜道を一人歩く。以前は営業として働いていたが、2年前に経理に異動となったので、決算の日にちの3ヶ月前から既に忙しく、泊まり込みも珍しく無い程なのだ。今日はたまたま早く終わっただけに過ぎない。
とはいえ、今は日付が変わるかどうか怪しい時間帯でもあり、早いというのはただの比較である。経理の、しかも繁忙期にある今は、早く終わる概念がどうもおかしくなってしまうらしい。
(ここまで過酷だとは思わなかったんだがな)
仕事量の多さにげんなりしている曙彦は、帰宅への道を急ごうとしたが、近道があの桜並木なのを思い出し、それこそ毛虫をくっつけられる心地がした。くっつけられるどころか、そのせいで全身が痒くなる様子まで、ありありと想像できてぶるりとその身を震わせる。
(背に腹は替えられんか……運が良いのか悪いのか)
だが別の道を行ってしまうと、家に着くまでに20分ほどのロスになってしまう。春の駆け足が聞こえてくるこの頃は絶対に通らないのだが、早く帰らないと深夜アニメを見逃してしまうと考えたのだ。
(今だと……毛虫もいないだろうし。あの道を抜けるだけだから問題は無い……筈だ)
どうせなら、放送時間帯にアニメを見たいものである。中高生の頃は眠い目を擦りながら起きようと奮闘努力していたものだ。
久々に放送時間帯に帰れると踏んだ彼は、断腸の思いで桜並木へ行く道へ、震えそうになる重たい足取りを叱咤して角を曲がって足を踏み入れようとした。
亡霊のような、枯死の色をした木々の茂る場所へ
街頭がぼんやりと照らす、亡者のような影を落とす道へ
ざわざわと木々が揺れ、まるで冥界へと手招きしているかのように見える、そこはかとなく不気味な道へ
「なんだと……?」
だが曙彦を待ち受けていたのは、不気味な道でも冥界の入り口のような道でも、亡霊の住み着くような道でも無かった。
最初のコメントを投稿しよう!