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枯桜
県で有数の桜並木が、今年は全く蕾も何もつけていないとニュースで報道されていた。
暖かい陽気だというのに、黒黒とした枝を広げている木々は、そこだけが寒風に晒されているような、そんな錯覚を覚える。
「この桜はもう咲かないのかな……毎年楽しみにしてたのに」
「この時期になっても蕾がついてないからねえ……もう3月下旬なのにさ」
「よく持った方かもしれないぞ。この桜たちは樹齢が100年近いって言うじゃないか」
通行人達が黒々と頭上に広がる枝に向かって、それぞれが溢しているのを、淡墨曙彦は聞こえていない振りをしながら通り過ぎる。
(桜、か……。俺は咲かなくても構わんがな)
むしろ見たくないくらいだ。元々曙彦は桜が好きではない。咲いているのを見ている分には良いのだが、問題はその後だ。葉桜の頃になってくると、桜の木というものは、いとも簡単に毛虫のマンションと化してしまうため、アレルギー持ちの曙彦としては、暴力以外の何物でもないのである。
毛虫が肌につくと痒くなるよりは、知らないうちに服に毛虫の卵がくっついていて、それで痒くなるのが曙彦にとっては許せないのだ。
なお、羽織っていたカーディガンやらトレーナーやらは、その日のうちに洗濯しなければならない。中高生時代にセーターを着ていたときは、毎日洗濯していたものだ。
そんな理由もあり、今や薄紅をたくさんつけた桜並木を見てしまえば、回れ右をしてしまう程なのだ。堂々と通れるのは、北風が冬を迎えに来た時から、桜が芽吹く期間だけである。
「これはもう枯死だって、うちの父さんも言ってたし、近いうちに切られるだろうね」
「え? なんで?」
「枯れ木を放置していたら、毛虫とか害虫の温床になるからな。それに雑草だって増えるし、他の植物に病気を移す場合だってあるし」
曙彦は残念そうな通行人達の声を極力耳に入れず、足を速めて駅へと向かった。
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