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第五十七話 朝比奈先輩、喧嘩を仲裁する
目的の駅についたオレは、初めて目にする大きな駅ビルに思わずテンションがぶち上がった。
「わ、わ――色んなお店がある! トーマ先輩、このお店のごはんすっごく美味しそうですよ! わ、スイーツも美味しそう……! うわぁ、見てるとお腹すいてきたなぁ……!」
「落ち着けノンタン、全部声に出てるぞー」
「あっ」
ハッとして周りを見たら、オレは周囲の人にクスクス笑われていた。
は、はしゃぎ過ぎた……都会にはしゃぎすぎた。今まで家と学校以外あんまり外に出たことのない弊害がこんなところで……。
「す、スイマセン……」
「別に謝るこたねーだろ? んじゃ、早速その店入ってランチにすっか!」
「トーマ先輩はここでいいんですか? 他にもお店ありますけど……」
「別に俺はどこでもいいんだよ。今日は全部ノンタンが行きたいとこ優先だからな」
「あ、ありがとうございます……! でもオレ、自分がどこに行きたいのかまだよく分からないので、今日はトーマ先輩の行きたいところに行きたいです」
「おう、マジで可愛いなオイ」
お礼と希望を言っただけなのに、真顔で変な風に返さないでほしい。
また周りの人にクスクスと笑われてしまった。
トーマ先輩は背が高いし、今日は服装も髪型もカッコイイから特に目立ってるように見える。
それこそ、オレの性別なんてどうでもよくなるくらい。
すると、オレたちの近くを通りかかったカップルが……。
「あの女の子めっちゃ可愛いな。聞いたか? 今のセリフ。天使かよ……」
「ちょっとデート中に何他の女見てんの? ってマジで可愛いし! わ、彼氏のほうもワイルド系イケメン……交換したい」
「ええ!? なら俺もお前とあの子交換したいよ!」
見知らぬカップルが突然、オレとトーマ先輩を見てケンカし始めた。
ど、どうしよう!?
さっきの会話も聞こえるくらい近くにいるから、無視して通り過ぎるのも無責任な気がする……!(そもそも原因はオレたちっぽいし)
でも、だからってオレが止めるのもおかしい気がするし……(そもそもどうやって止めればいいんだろう)
オレが一体どうするべきか困惑していたら、トーマ先輩がぐいっとオレの腕を引っ張り、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「えっ?」
それはまるで、ケンカしてるカップルに見せつけるようで……。
案の定、見せつけられたカップルは眉間に皺を寄せて、オレたちを睨んだ。
サーッと蒼くなったオレとは真逆に、トーマ先輩は楽しそうに言った。
「なぁイケメンのオニーサンときれいなオネーサン、つまんねー喧嘩してねェでさ、俺達みたいに仲良くしようぜ、な!」
「と、トーマ先輩……」
突然容姿を褒められたカップルは一瞬キョトンとすると、顔を見合わせて苦笑し、「そうだな、ごめん」「あたしもゴメン……」と言い、オレたちにもぺこっと会釈すると去って行った。
「ふう、いきなりで焦ったァ」
「トーマ先輩すごい……え、焦ってたんですか!?」
「まあ一応。相手はオトナだし、顧客でもねェ一般人だし、ノンタンが無視できなさそーだったからこうするのが一番いいと思ってよ」
「うぅ……すみません」
「別にノンタンのせいじゃ……いや、ノンタンが可愛すぎるせいか?」
「それならトーマ先輩がかっこいいのも原因じゃないですか……」
あのカップルの彼女の方、トーマ先輩のことワイルド系イケメンって言ってたし。
それにしても、高校生のできる対応じゃないと思った。さすがトーマ先輩、大人と一緒に仕事(家業)をしてるだけある……!!
「んじゃーノンタン、中入ろうぜ」
「はいっ」
オレ達は、外装も内装もオシャレなカフェに入った。
中にいる客はほとんど女同士かカップルで、きっと男同士の客はオレとトーマ先輩だけだろう。もっともオレ達も、今は普通のカップルにしか見えてないだろうけど……。
水とメニューを持ってきてくれた女性店員さんも、オレが男だということは気付いていないみたいだ。(というかトーマ先輩に見惚れていて、オレのことはチラっとしか見ていない……)
「おーいノンタン。メニュー決まったか? 俺はAランチのセットにするぜ、デザートは付けなくていいわ」
「え、トーマ先輩この超美味しそうなケーキ食べないんですか……!? セットで頼むとちょっと安いですよ?」
「甘いモンは苦手だからなァ……あ、なんなら俺のデザートもノンタンにやるよ」
「え!? そんな、わざわざ頼んでもらうのは……!」
「はは、『いいんですか?』って顔に書いてンぞ」
「うぅ……」
まったくその通りだったので、オレは顔を赤くして俯いてしまった。
そうしてるうちにトーマ先輩は店員さんを呼んで、Aランチセットのデザート付きを二つ――ケーキの種類は変えて――サクッと注文していた。
は、早い……。そしてさっきの人とは違う店員さんは、またしてもトーマ先輩に見惚れていた。ワイルド系イケメンモテるなー……。
けど、そんな彼女たちの熱い視線をトーマ先輩は気付いていないのか、わざとなのかまるっと無視して、オレを見ていた。
「はー……、ノンタン可愛いなァー……」
頬杖をつきながら、しみじみと言ってるし……。
他の女の子を気にされるよりはマシだけど、さすがにちょっと見られすぎてて恥ずかしい。
「……トーマ先輩は、こういう格好の子が好きなんですか?」
「いや? 別にそういうワケでは。ノンタンがそういう格好してるから可愛いんだよ。つまり可愛いのは格好じゃなくてノンタンだな」
「……っっ」
自分から聞いたくせに、照れて俯いてしまった。
今日のトーマ先輩は、いつもより輪をかけてストレートだ……。
それにしても、トーマ先輩は今まで彼女が可愛い格好してきたらいつもこんな風に褒め殺してたのかなぁ……悪い人だ。
オレも、あまり本気で受け取らない方がいいのかも……。
「あ、言っとくけど今までこんな可愛いって連呼したことはねェからな。ノンタンだから言ってるし」
「……!」
トーマ先輩、エスパーなのか!?
オレの考えてたことを見透かされてしまった。もしや顔に出てた?
「Aランチセットでーす」
「はっ」
店員さんがご飯を持ってきてくれたので、とりあえず食べることにした。
Aランチはハンバーグだ。スープ、サラダ、飲みもの、デザート付き。
うーん、普通に美味しい……!
「トーマ先輩、美味しいですね」
「ンまいけど、俺はノンタンの手作りごはんの方がいいかな~」
「いや、それはさすがに……」
オレもお世辞だって分かるぞー……嬉しいけど。
「まじまじ。俺、バイトの関係で夕食は出前とか外食が多いけど、マジでノンタンの手作りに勝るもんナシだぜ」
「そんなもんですか……?」
外食とか出前のほうが普通においしそうだけど、それに慣れたら手作りの味が恋しくなるものなのかな。
オレはハンバーグ定食を食べたあと、更にデザートのケーキも二つ軽く平らげてしまった。別腹というやつです。
トーマ先輩はブラックコーヒーを飲みながら、そんなオレを楽しそうに――ややげんなりしながら見ていた。
「よくあんな甘そうなケーキ二つも食えンなァ……しかもメシのあとに」
「甘いモノは別腹ですよ。オレまだ食べれますもん」
「マジか、普通にすげえな」
あ、でも次食べるなら別のスイーツがいいかも……。
でもすごく美味しかった、季節のフルーツタルトとミルクレープ。
今度はすずと一緒に来ようかな。
「んじゃ、そろそろ出るか」
「あ、出る前にトイレ行ってきてもいいですか?」
「おー、行って来い」
佳織さんに言われた通り、食べた後はリップを塗り直さないと。
少し躊躇しながら、女性マークの付いた方のトイレに入った。
なんか緊張する……誰も入ってきませんように!
女子トイレってわざわざコットンとか綿棒まで置いてるんだ!
やっぱり化粧室と言うだけあるなぁ。
男性用トイレとの違いにカルチャーショックを受けながら、オレはグロスを塗りなおした。あと、髪も少し整えてっと……。
トイレから出て席に戻ろうとしたら、出口からトーマ先輩に呼ばれた。
「ノンタン、行くぜー」
「えっ、トーマ先輩、お会計は……?」
「もう済ませたぞ」
「えっ、えっ、おいくらでした!?」
「気にすんなって。俺バイトしてっし、オゴリだよ」
「そんなの悪いです! だってオレ、デザート二つも食べたのに……」
「いいからいいから。そこ邪魔だから早く行くぞォ」
「あっ、すいません!」
オレの後ろには会計待ちの女性二人組がいたので、オレは慌ててトーマ先輩の方に駆け寄った。
その人たちは道を塞いでいたオレを怒ってるような様子はなく、むしろ微笑ましいといった目線を向けていた。
「ありがとうございました~。――ふふ、とっても可愛らしい彼女さんですね。自分のことオレって言ってる女の子は初めて見ました」
「だってよノンタン」
「お、おばあちゃんも自分のことオレっていう人結構いますよ……?」
店員さんに突っ込まれて、よく分からない反論をしてしまった。これじゃ自分をおばあちゃんだと言ってるようなものでは……まあいいか。
「それはそうと……トーマ先輩、本当にいいんですか? お金」
「いいっていいって。今日はノンタンがめちゃくちゃ可愛いから、俺にもカッコつけさせてくれよ」
「トーマ先輩もいつもよりカッコイイですよ?」
「そりゃー嬉しいけど、そういうことじゃなくってなァ」
じゃあどういうことなんだろう。オレ、奢られてもいいのかな?
帰ったらすずに聞いてみよう……。
そしてこの行動がアウトだったら、後でトーマ先輩に半分払おう。
「んじゃあ、その……ごちそうさまでした」
「ン、それでヨシ。どういたしまして」
人生で初めてのデートだから、分からないことがいっぱいだ。
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