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第四十話 希、理事長と対面する
「のんちゃぁん、朝比奈せんぱぁい、遅刻しちゃいますよー、起きてくださーい、早く準備して食堂に行きましょ~」
「んぅ……?」
すずの呼びかける声で目が覚めた。
「すず……? あれ、オレ昨日アラーム付けるの忘れてたのかな……」
「というか、スマホを携帯してないねえ。のんちゃん、ここがどこかは分かるかな?」
「どこ……って」
はっ。
オレは一瞬で昨日のことを思いだした。
隣を見ると、朝比奈先輩がまだグースカ気持ちよさそうに寝ていた。
「な、ななななんですずがここにっ!?」
「いや~朝起きたらのんちゃんがいなくてビックリしたよぉ。朝比奈先輩のところかなーっと思って来たら鍵が開いていたのでお邪魔しました。ついでに寝室のドアが壊れていたので、気持ちよさそうに寝ているところを声をかけさせて頂きました。遅刻しちゃうからね!」
「ご、ごめん……起こしてくれてありがとう……」
すずは聖母のようににっこりとほほ笑んだ。
「それにしても、このドア思いっきり蹴破ったみたいだけど、昨日いったい何があったの?」
「えっと、色々あったよ……」
「ついに抱かれた!?」
「抱かれてないよッ! ドアのこと説明したいけど、とりあえずまずは朝比奈先輩を起こすね。せんぱーい、朝ですよ~」
「ンン……ノンタン……?」
朝比奈先輩は寝ぼけているのか、オレに手を伸ばすとそのままぎゅう~と抱きしめてきて、また寝ようとした。
「ちょ、朝比奈先輩! 遅刻しますから二度寝しないでください! オレはいったん着替えに自分の部屋に戻るんで、あとで食堂で会いましょうね!」
「ふぃ~……」
友達の前でこんなことされるのはめちゃくちゃ恥ずかしい……!!
すずは『ぼくにかまわないでいいんだよ!』とか言いながらもしっかりオレたちの様子を見てるし。
オレはすずと一緒に自分の部屋へ帰ると、秒でシャワーを終えて制服に着替えて飛び出した。早く行かないと食堂まで閉まってしまう。
オレとすずが朝食を食べ終えるまで、朝比奈先輩は食堂に現れなかった。
きっとあの後また二度寝したんだろう……。
起こさなくていいか少し心配になったけど、1年のオレがまた遅刻するわけにはいかないのでそのまま登校することにした。
こういうときに寮生は便利だ。ギリギリの時間でも、走ればなんとかホームルームには間に合う。
廊下を走ってるときに予鈴が鳴った。
「やった! まだ吉永先生来てないよ、セーフ!!」
「せぇ、ふっ……、はぁっ、はぁっ」
「のんちゃん大丈夫? 死にそうなんだけど……」
もはや言葉にならないのでコクコクと頷いた。
本当に自身の体力のなさに地味に凹む。同じ速度で走っていたのに、平気な顔をしているすずが何気にすごい。
ふらふらしながら机に着いたら、吉永先生が入ってきた。
「斉賀、山田、廊下を走ってるのが見えたぞ。そろって寝坊か?」
「すみませーん!」
オレはまだ息を切らしていたので、すずだけが返事をした。吉永先生は少し何か言いたげな顔をしていたが……もしや昨日の騒動が先生達に伝わっているんだろうか?
吉永先生は、まだオレのことを止めたいんだろう。
来週の校内放送で紹介されたら、オレはもう正式に生徒会執行部所属になるから。
「……斉賀」
「は、はい」
「理事長がお呼びだ、授業が始まる前に行ってきなさい」
「理事長が……?」
理事長がオレに何の用だろう……執行部についての話かな……?
吉永先生にぺこりと頭を下げて、オレは教室を出た。
心配そうにオレを見つめているすずに、アイコンタクトを残して。
理事長室は、生徒会室の隣だ。(隣、と言っても距離は結構あるけども)
他の教室とは違う重厚なドアはいかにも中に偉い人がいます、という雰囲気をしていて緊張感が高まっていく。
そういえば、ここの理事長は藤堂先輩のお父さんなんだっけ。
……………
もしや変態さんじゃないよね?
「1年C組の斉賀希です、入ってもよろしいでしょうか……?」
軽くノックを二回してそう言ったら少し間があって、中から低い声で呼ばれた。
「入りなさい」
「し、失礼しまーす」
入ってすぐ正面に、少し気難しそうな――想像していたよりも若く見える中年男性が座っていた。
この人が、この学校の理事長……。
「えっと……初めまして。1年C組の斉賀希です」
「初めまして、斉賀君。理事長の藤堂真人だ。とても優秀な子がわが藤堂学院高校に入ってきてくれて嬉しいよ。息子とはもう面識があるんだろう?」
「は、はい。先日は豪華なお弁当をごちそうになりました」
お礼のつもりでぺこっとお辞儀をした。
「君は入学式でも目立っていたね。どうして髪をピンク色に?」
「えっと、美容師さんにお任せでイメチェンを頼んだらこうなりました」
「……そんな理由なのかい? 特別にピンクが好きとかじゃなくて?」
「違います、好きな色は青です」
オレは何の話しているんだろう。好きな色とか別にどうでもいいのに。
理事長は、見た目よりだいぶ話しやすくて安心した。
「でも似合ってるよ。君の顔に」
「あ、ありがとうございます」
ほ、褒められてるんだよね……?
話しやすいけど妙な威圧感を感じて、気軽には話せない。
「ところで、柊馬はどうしたのか知ってるかい? あいつも一応一緒に来るようにと呼び出したんだがね」
「あ、まだ部屋で寝てると思います……。起こしたんですけど」
「ほう、一緒に寝たの?」
「!?」
な、なんだか物凄く恥ずかしいぞ……!
『寝てる』って言い方が別の事情を指してるみたいで……本当にただ『寝てる』だけなのに!
「君、もしかして柊馬と付き合ってる?」
「は、はい……でもオレ達、まだ清い仲ですのでっ!」
一緒には寝てもやらしいことなんてしてませんと主張した。
すると理事長は口元にスっと手をやって――わ、笑った?
「すまない、別に詮索しているわけじゃないよ。そうか、これであのじゃじゃ馬も少しはおとなしくなるといいんだが……」
「じゃじゃ馬」
「いや、暴れ馬の間違いだったかな」
どう見ても朝比奈先輩は草食動物じゃないけど、理事長があえて馬に例えてるのは先輩の名前が柊『馬』だからだろうか。
「夜中に柊馬から報告があったけど、昨日は大変な目に遭ったそうだね。今更だけど大丈夫かい?」
「ご心配ありがとうございます、でも未遂でしたし、あの人達とは多分和解したので……大丈夫です」
「ほう、和解?」
「な、なんとなくですけど……」
オレのこと『斉賀ちゃん』って呼んでたし、結局朝比奈先輩から命を救ったみたいな感じになったし……なんとなくだけど、次に会った時は仲良くなれそうな気がする。
「君は変わった子だなぁ」
「あ、ハイ……」
「自覚があるの?」
というか、『普通』がよく分からないだけだ。
引きこもっていたせいで常識とかズレてそうだし、それならオレは間違いなく『変人』だと思う。
「別に貶めているわけじゃないよ、それも君の個性だからね」
「は、はぁ……」
理事長って、なんか優しい人?
初めてまともに目を合わせたら、藤堂先輩はお父さんによく似ているんだな、と思った。
藤堂先輩が更けたらこんな風になるんだろうなーって。でも、理事長の方が若干雰囲気が柔らかい気がする。年の功ってやつだろうか。
「それで、君はどうしたい?」
「ど、どうしたいとは……?」
「君を襲った生徒達の処分だよ。未遂とはいえ、彼らは君を強姦しようとしたわけだからね。何か罰を受けないと」
「罰……は、とっくに受けてます。だからこれ以上は特に何もしなくていいんじゃないでしょうか」
朝比奈先輩、あの人たちの顔思いっきり殴ってたもんな……。
以前襲われたときも未遂だったのにボコボコにしてたし、むしろこっち(執行部)の方がやらかしてる気がするんだよな。
「うーん……分かった、君がそう言うなら」
「お願いします」
「未遂とはいえ、とてもデリケートな問題だからね。君が退学処分を願えばそうするつもりだったんだが」
「そんなことができるんですか?」
「君は一般の生徒じゃなく、執行部だからね」
ヒェッ。噂に聞く執行部の権力凄い……。
というか怖いな?
「もう誰かに聞いたかもしれないけど、執行部の一員として一番必要なのは力じゃない。大切なのは、心の強さだ。柊馬はいつも適当だけど本当に鼻がきくんだ。だから君にそれを感じて指名したんだろう」
朝比奈先輩が、オレに……?
テンパってただけなんだけど、本当だろうか。
「君の一存で3人の生徒が退学処分になるかもしれなかった。その制裁により、自分が他人からどう思われるかきちんと考えたかい? また、それらの重圧に耐えられる? ……無理だったら考え直してもいい。君はまだ執行部に入ったばかりだからね」
なんとなく、理事長はオレに『辞めさせる』ことは考えていないように思えた。だから、オレも正直に話した。
「オ、僕は自分の心が強いなんて今まで思ったことないです。ずっと不登校だったし……朝比奈先輩はきっと僕を買い被ってるんです。ただ、僕はそんな弱い自分を変えたくてこの学校に来ました。それは本当です」
「ほう」
「どんな目に遭っても執行部を辞めるつもりはありません。それに……朝比奈先輩の、そばにいたいので」
「……なるほど、強メンタルだね」
「?」
理事長の前で堂々と惚気(?)てしまったのだけど、この時のオレはそれに気付いていなかった。
……このままずっと気付かないでいたかったッッ!!
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