第四十一話 希と千春、初対面する

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第四十一話 希と千春、初対面する

 昨夜の出来事は、授業の休み時間に簡単にすずに報告した。  『だから一人で出歩くなって言ったじゃぁぁぁん!』と怒られたけど、すずは自分がもっと深く注意すべきだった、と何故か落ち込んでいた。  悪いのは百パーセントオレでしかないのに、なんだか申し訳ない……。   「のんちゃん、ほんっっとに気を付けてよ!? 知らない人がお菓子くれるって言っても付いて行ったらダメだからね!?」 「お、オレは幼児じゃないんだけど……うん、気を付けます……」  オレに文句を言う筋合いはないよね。    昼休み。  すずに東雲君を紹介すると言われたので、オレ達はA組へと向かった。  東雲君って一体どんな人だろう……緊張する。(すずはあまり教えてくれなかった) 「おーい、ちーちゃーん!」  A組の教室に響くすずの甲高い声に反応して全員がギョッとした顔を向けたけど、立ち上がった生徒は一人だった。  ん? お弁当と一緒に、なんで竹刀を持ってくるんだ……?  オレ達の目の前に現れた東雲君は、猫背だが思ったよりも身長が高くて、前髪が長いせいか表情が読み取りにくかった。  第一印象は『ちょっと怖い』……だ。 「のんちゃん、こちら東雲千春君ことちーちゃんだよ! ちーちゃん、こちら斉賀希君ことのんちゃんだよ! 二人ともよろしくしてね」 「「よ、よろしく……」」  オレと東雲君はすずに言われるまま、二人同時によろしくした。 「固いよ~二人とも! せっかくぼくがフラットに紹介したげたんだから、ホラ握手でもして! フレンドリーにいこうよ!」  オレ達はまた言われるまま、スッとお互い右手を出して握手した。  なんというか……分かった。東雲君もオレと同じで人見知りする人種なんだ。  二人とも言われるままによろしくと言って、握手して……まるで二体のロボットが博士の命令を聞いてるみたいで、思わず笑ってしまった。 「ふふっ……あ、ごめん。なんかおかしくって」  オレが笑ったら、東雲君にも伝わったのかクスッと笑った。  なんだ、笑ったらカワイイ感じだ。  なんとなく、仲良くなれそうな気がした。  A組の人たちが珍しそうに見てくるので、オレたちは中庭に移動することにした。すずがいい場所を知っているらしい。 「のんちゃん、『東雲君』呼びじゃちょっと他人行儀だからあだ名で呼ぼうよ! のんちゃんもちーちゃんって呼ぶ?」 「ち、ちーちゃんはちょっと……」  オレにはちょっとハードルが高いというか……恥ずかしい。  なんていうか、すずにしか許されない呼び方だと思う。  『のんちゃん』も同様だけど。 「東雲千春だから……ハル、かな。ハルって呼んでもいい?」 「あ、ああ。じゃあ自分はのんさんで……」 「『のんさん』!?」  吃驚して思わず吹き出したら、隣ですずが手を叩いて爆笑していた。  ハルは何故笑われてるのかわかっていなさそうで、オロオロと焦っている。  『のんちゃん』、『ノンタン』ときて『のんさん』かぁ~。いや、いいんだけどね、なんて呼ばれても。  でもなんか、さん付けが一番強烈というか笑えるな……ハルって面白い人なのかな?  すずがオレたちを連れてきた中庭は、花壇に様々な春の花が咲き乱れていてとても綺麗な場所だった。ふかふかの芝生はそのまま座っても良さそうだったけど、ベンチがあったのでそこに3人で並んで座ろうとした……ら。  いきなり見知らぬ人に声を掛けられた。――すずが。 「山田清白ォォ!! アンタが新生徒会役員なんてアタシは絶対に認めないわよ!! 来週の校内放送の前に今ここで叩きのめしてやるわ!!」  ……ええと? どちら様だろうか……あっ、オネエ口調。てことは。 「この人が例の……?」 「うん、昨日ぼくを襲ってきたオネエ戦隊のレッドポジの人」 「ちょっと! 変な呼び方してんじゃないわよーっ!!」  すると、ハルがスッと立ち上がってオレたちの前に出た。  精悍な顔付きで竹刀を構えて、とても様になっている。 「また性懲りもなく来たか、卑怯者め!」 「!?」  か、風が吹いてるっ!?  さっきまでめちゃくちゃ気持ちのいい小春日和だったのに、なんか時代劇みたいな木枯らしが吹いてるっっ!? 「なっ……ななな、なによ! 今日はまだ卑怯なことしてないじゃない!! こっちは丸腰だし、武器持ってるアンタのほうがよっぽど卑怯者じゃない!!」 「竹刀は俺の命だ。そっちが仕掛けてこない限り動くつもりはない」  ハルが、先ほどとは違う芝居がかった口調でペラペラ喋り出した。  これはいったい何事なんだ……って、すず!? 庇ってもらってるのに、お腹抱えて無言で涙流しながら爆笑してるんだけど! 「ぐっ……お、覚えてなさいよっ!! これからも毎日地味に嫌がらせしてやるんだからねーっ!!」 「貴様こそ覚えておけ! また性懲りもなくすずに手を出すなら、この俺が竹刀の錆にしてやるとな……!」  竹刀って錆びるんだっけ?  まあいいか、なんか時代劇に出てくるヒーローみたいでかっこいい!   あっというまにオネエさんを撃退したハルに思わず拍手した。 「すごいねハル! 剣道技も見てみたかったけど」 「い、いや……たいしたことはしてないよ、ホントに……」  ハルは顔を真っ赤にしている。そういえば赤面症なんだっけ?  でもたしかに、さっきのセリフを冷静に思い返すとちょっと恥ずかしいかもしれない……(特に言った本人は。じゃあ何で言うんだってハナシだけど) 「あれ? ……すず?」  さっきまでお腹を抱えて大爆笑していたすずが――何故かすずも、ハル同様に顔を赤く染めていた。 「ちーちゃん、その、ありがとう……」 「あ、ああ。いいんだ、守るって約束したし」  ん? なんだろうこの甘酸っぱい空気は……。 「や、違うんだよのんちゃん! その、ちーちゃんのさっきのセリフが思った以上に恥ずかしかったっていうか……や、嬉しかったんだけど、言われ慣れてないから!」  あ、『性懲りもなくすずに手を出すなら~』ってところかな?  オレは純粋にカッコイイと思ったけど、確かに言われる方は照れるかもしれない……うん、朝比奈先輩で想像したら照れる! 「ご、ごめん。でも他に言う言葉がなかったから、つい……」 「ああ謝らないでちーちゃん! 大体守ってもらってるぼくが照れるのがおかしいんだし、ちーちゃんは悪くないよ」 「いや、昨日も言ったけど竹刀を持って対峙すると妙に気が強くなって、恥ずかしいセリフもスラスラ言ってしまうんだ……」  なんとまあ面白い体質。ハル、興味深いな。  それにしても、なんだか二人が付き合いたてのカップルに見えてしまうのは、オレの頭が今お花畑なせいだろうか……。
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