第四十三話 希、朝比奈先輩の秘密を知る

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第四十三話 希、朝比奈先輩の秘密を知る

 校内放送から数日が経ち、ようやく学校にも寮生活にも慣れてきたある日の放課後、朝比奈先輩がうちのクラスにやってきた。 「ノンタン~、今日は俺も買い物一緒行っていいか? っていうかノンタンの手作り料理が食いてぇ! こけしっちには前に朝食ご馳走になったからな」 「は、はい、喜んで」 「あらら。じゃあぼくお邪魔虫だから先に帰ってるね」 「え!? べ、別にすずも一緒に行こうよ……」 「ありがとう! こけしっち!!」  朝比奈先輩がきっぱりと礼を言ったため、オレの誘いはかき消された。  二人も嬉しいけど、三人で買い物も楽しそうなのに……まあいっか。 「よっし! じゃあ行くか」 「でもあまり期待しないでくださいね? オレはすずより料理得意じゃないし、簡単で早く作れるものしか作れないんで……」 「ぜーんぜん大丈夫だぜ!」 「じゃ、じゃあ行きましょう」 「おー!」  いつも利用しているスーパーは学校の近くにあり、更に商店街もあるので住みやすい場所だと思う。  でもいつも学生服のままで買い物をしているのはオレとすず以外見かけないので、自炊組は少ないみたいだ。(まあ懐に余裕があるなら当然食堂を利用するよね、とは思う) 「ノンタン、今夜のメニューは決めてるのか?」 「鶏肉のトマト煮込みにしようかと……朝比奈先輩、トマト大丈夫ですか?」 「おう。俺甘味以外で食べれないもんほとんどねぇよ」 「それはエラいですね。オレは野菜ちょっと苦手なのあります……きゅうりとかセロリとか……」 「へえ、こんなんでノンタンに褒められるとは思わなかったぜ」  朝比奈先輩は嬉しそうに二カッと笑った。  ふあぁ……可愛い、好き……おっと。朝比奈先輩のキラキラな笑顔に見蕩れて買い忘れをしないよう気をつけないと。 「ノンタン、トマトは?」 「トマト缶を使うので大丈夫ですっ」 「りょうかい~」  朝比奈先輩と仲良くカートを押しながら買い物をしていると、なんだか新婚さんのような気がしなくもない……なんて思うのは、少し調子に乗りすぎだろうか。そうだろうな。  でも勝手に思うくらいは許してほしい。 「そーいやノンタン、部活は決めたのか?」 「ま、まだ決めてないです。いくつか見学もしたいし、入部届の提出はギリギリになりそうですね……」 「まあ、いんじゃね? 間に合えば」  うちの学校の部活――特に文化系はマニアックな部活が多く、全部見学するのはなかなか大変そうなので、すずと相談しつつ(同じ部に入ろうと誘われたので応じた)まだ決めかねているのだった。  そして近々生徒会の先輩たちの部活にも顔を出したいと思っている。(柔道部以外) 「――にしても、買い物って意外と楽しいな! 俺こういうとこほとんど来たことが無くてよぉ」 「そ、そうなんですか? 小さい頃にお母さんと来るとか……」 「うちの母親料理しねェんだって。かと言ってわざわざ買い物係に付き合うってこともなかったしなァ」 「あ、そっか……」  朝比奈先輩って、やっぱりオレとは全然育った環境が違うお坊ちゃまなんだなぁ……。 「だからノンタンが料理できたりすんのすげーって思うぜ! 俺、洗濯も掃除も業者に頼んでるし」 「えっ……寮の部屋の掃除とかを、ですか……?」 「寮監にちょっと金を握らせて……な。これは秘密だぜ?」 「は、はい……」  いつも思うけど、寮監さんって一体何者なんだ。  実は会ったことがないんだけど、普通の管理人さんだよね……? (もはや朝比奈先輩の便利係みたいに思ってるけど) 「あ、そーだノンタン、今度の休みデートしようぜ! どこでも行きたいところに連れてってやるよ」 「え、ほんとですか!?」  突然のデートのお誘いに、嬉しさを抑えきれなかった。  つい大きな声で反応したので、すれ違ったおばさんに怪訝な目で見られてしまった。す、スミマセン……。 「おう、まだこっちで全然遊んだことねぇだろ?」 「はい! うわあ……嬉しいです、楽しみにしてます」  朝比奈先輩と一緒なら、学校でも寮の部屋でも嬉しいけど……でもやっぱりお出掛けは特別にワクワクする。出掛け慣れてないから余計にだ。 「おっ、このツマミ美味そう。これも……これも美味そうだなァ」  必要なものはおおよそカゴに入れ終わったのに、朝比奈先輩は通りかかったコーナーで目についたものをポイポイとカゴに入れていく。  って、缶詰のおつまみ? ……高ァァ!! 「ちょ、朝比奈先輩! もう予算オーバーなんですがっっ!!」 「ん? 今日は俺が出すからノンタンも好きなお菓子とか買ってもいいぜ。こけしっちの分とか、夜食のカップ麺とか」 「い、いいんですか……!?」 「おうよ。先輩にまっかせなさァい」  ドンと胸を張る朝比奈先輩。た、頼もしすぎる……。  お言葉に甘えて普段買わない(というか買えない)ものをカゴに入れた結果、手持ちのエコバック一つだけじゃ足りなくなった。  なので、レジ袋を二枚購入してその上朝比奈先輩を荷物持ちにしてしまっているという……。 「す、すみません! こんな量になるとは……」 「俺が買っていいって言ったんだから別にいんじゃね? 今夜はパーリィナイトだなァ!」 「平日ど真ん中なんですけど」 「ハハハッ!」  朝比奈先輩ともあろう方が両手に白い買い物袋を提げているなんて――しかもオレには一つしか持たせてくれなかったし――校内の誰かに見られたら舐められたりしないだろうか。営業妨害してるみたいでちょっぴり心配だ。 「まあ、両手塞がれてっからノンタンと手ェ繋げないのが残念だなァ」 「気にするのそこですか!?」 「そこしかなくね?」    その言葉を聞いて、とてもたまらない気持ちになったオレは――朝比奈先輩の左腕に自分の腕を絡ませてひっついた。  ここは外なのに……誰かが見ているかもしれないのに。 「うぉっ!? の、ノンタン!?」 「すいません、少しだけ――」  一瞬だけ! 一瞬だけだから……。  触りたくて我慢できなくなったんだ。朝比奈先輩のことが、好きすぎて……。 「待ってくれ! 荷物、荷物が邪魔!! あっ……ノンタンのデレタイム、もー終わりィ!?」 「ありがとうございました……」 「そんで何のお礼!?」  朝比奈先輩が本当はこんな優しいんだってことがみんなにバレちゃったら、絶対朝比奈先輩のファンが増えそう……。  いや今もモテモテだろうけど、余計に増えそう。  そうなったらいやだなぁ……オレ、ライバルに勝てる自信がない。 「はい出たーノンタンの無自覚小悪魔攻撃……くそォ、荷物持ってなかったら抱き返してやったのに……くぅぅ」  なんか、オレが朝比奈先輩の恋人だ! って堂々と言えるような自信が欲しいな。自信というか、証というか……あ! 「……朝比奈先輩」 「え、なにィ?」 「……な、名前でお呼びしてもよろしいでしょうか……?」 「えっ? えらいトートツだな」  オレってほんとに恋愛弱者だ。恋人同士と言ったらこれというか……基本中の基本しか分からない。  でも、つばめ先輩やひばり先輩だって呼んでるんだから、本当はオレだってずっとそう呼びたかったんだ。   「トーマ……せんぱい」 「……」 「と、トーマ先輩って呼びます、今から」 「……」 「い、いいですよね? こいびと、ですからっ……」 「かわいい」 「は?」  普通そこは『いいぜ』とか『ダメだ』とかの返事が来るところでは?  いや、ダメって言われたら超ショックだけど。 「あ、あの。よろしければ許可を……」 「ノンタン可愛い――!!! 俺の恋人が世界一可愛い――!!!」  往来で叫びまくる朝比奈先輩を見て――もちろん周囲の歩行者には不審な目で見られまくっている――もう許可とか別にどうでもいいな、という気分になった。  そして、この往来にはそんなオレたちの様子を見て顔を蒼くしている人物がいて――奴がのちにオレのライバルと名乗りを上げてくることを、この時のオレは予想もしていないのだった。 「う、ウソだろ……!? あの朝比奈先輩が、あんな馬鹿みたいなピンク頭の軟弱ヤローにそんな顔するなんて……っ!」
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