567人が本棚に入れています
本棚に追加
第四十七話 希、清原とケンカする
清原翠人は混乱している。
「ふ、ふふざけんじゃねー、俺は騙されねェぞ……そりゃ、ちょっと距離感おかしいとは思ったけど……あの鬼と恐れられた伝説の不良、朝比奈先輩が笑顔で話してたり、昨夜も人前で堂々と抱きあったりしてたけどそれは何かの間違いで……だって朝比奈先輩がこんなのを恋人にするとか、……」
ブツブツブツ……
混乱している清原君を無視して、オレたちは腰を下ろして昼食を再開した。
「あいつめちゃくちゃ混乱してるねぇ……、ていうかのんちゃん達、昨日人前で堂々と抱きあったりしてたの? そこんとこ詳しく聞きたいなー」
「そ、そんなことしてないよ! トーマ先輩は荷物で両手が塞がってたし、ただ……オレがその、我慢できなくてトーマ先輩の腕にしがみついただけ。でもほんの一瞬だから!」
「え、何が我慢できなかったの?」
「何って……トーマ先輩がす、好きすぎて……?」
「きゃ――!!」
「(ビクッ)」
「すず、急に甲高い声出すからハルが驚いてるよ! オレのことはもういいから今のうちに食べてしまおうよ」
「うん! でもなんか今のでお腹いっぱい、ご馳走さま」
昨日のことがすずとハルにばれたのはちょっと恥ずかしいけど……やっぱり人前でイチャイチャするのはダメだな、と思った。たった一瞬でも。
毎回こんなわけのわからない因縁を付けられるとかたまらないし……。
オレは残りのパンをぎゅっと口に押し込んだ。
でも、オレ以外にトーマ先輩の舎弟になりたがっている奴がいたなんて、正直なところ少し気にしている。
中学時代のトーマ先輩を知ってる人は、まず近づかないと思ってたのに。
これって独占欲ってやつかな……?
それに、清原君はオレの知らない時代のトーマ先輩を知っているんだ。
そう思うと、少し悔しくて……胸の奥がざわざわした。
「……のんちゃん、なんで傷ついた顔してるの?」
唐突にすずと――何も言ってないけどハルにも表情で心配されたので驚いた。
「えっ? なんでもないけど……オレ、何か顔に出てた?」
「のんちゃんほど素直な子はなかなかいないでしょ」
「(コクン)」
そんな、ハルまで!? オレ、あんまり顔に出ないタイプだと思ってたのに……やっぱり自己分析間違ってるなぁ。
「……斉賀希ィィ……」
「な、なに?」
落ち着いたのか、清原君が俺たちのほうにゆっくりと近づいてきた。
つい条件反射で返事をすると、清原君はオレの目前で不良座りをし、首を動かしながらジロジロと色んな角度からオレを睨みつけてきた。
な、何をしているんだろうか……あ、鳩の真似かな?
「てめぇ俺が必殺メンチ切ってんのにキョトン顔してんじゃねーよ!」
「え!? ご、ごめん、鳩の真似かと思って……オレはどうすればいいの?」
「は、鳩じゃねぇわぃ!! テメーも睨み返せや!!」
「わ、わかった」
口をむんってして睨み返すと、清原君の口から『ぶほぇっ』と奇妙な音が洩れた。
別に変顔したわけじゃないんだけど!?
すずとハルはなんか超笑ってるし……オレもそっちの仲間に入りたい。
「て、てめぇさっきから小馬鹿にしやがって、ふざけんなよ……!!」
清原君は顔を真っ赤にして怒っている。
この短いやりとりの間にどこにそんな切れる要素があったんだ?
別に小馬鹿にしてないんだけど、心外だ!
なんかもう疲れたな……昼休みも終わりそうだし、別にケンカもしたくないし、話し合いに応じないならサクッと理事長案件にしてしまおう。
「清原君は結局オレにどうしてほしいの? トーマ先輩の舎弟になりたいなら勝手に志願すればいいじゃん、オレは関係ない」
清原君がトーマ先輩の恋人になりたいんだったら関係あるけど、それ以外のトーマ先輩の交友関係はオレにどうこうできるものじゃない。
さっきすずが言った通り、最初からお門違いってヤツなのだ。
オレの態度が変わったのを見て清原君は少し怯んだ様子を見せたけど、すぐにニヤッとして言い返してきた。
「はっ、コイビト様は高みの見物ってか!? 俺はなぁ、朝比奈先輩のそばに誰かがくっついてるってのが許せねーんだよ! あの人には孤高が一番似合うんだ! だから俺は遠くから眺めるだけで満足していたのに……! あの人に憧れて同じ高校に入ったのに、なんっか目障りなピンク頭がしょっちゅう周りをウロチョロしてるから……とどのつまり、見ててムカつくからあの人の前から消えろ、斉賀希!!」
それが、清原君の本音?
清々しいほど自分勝手だな……!
「と、トーマ先輩に孤高が似合うとか何わけわかんないこと」
「俺はオマエが知らない朝比奈先輩を知ってんだよ! 勿論カッコイイから女はほっとかなかったけど女は別にいいんだ、先輩を更にカッコ良く見せる付属品としか認識してねぇから。でもてめーは違う、男が朝比奈先輩にくっついてるとか俺は断固認めねぇ!」
「な、何で清原君の許可がいるの?」
悪口を言われるのは慣れていても、殴り合いは勿論口げんかもまともにやったことがないオレは、清原君の勢いと物言いにぐいぐいと押されていく。
「ていうか朝比奈先輩が本気で男と付き合うわけねーから! あの人の歴代彼女、みんなすっげー美人で巨乳のオネエサマばっかりだぜ!? 勿論中学生だけじゃなくて高校生から社会人までよりどりみどりな! そんな人がオマエみたいなちんちくりんを本気で選ぶわけねーだろ!? 書記の西園先輩ならともかくな! 勘違いしてんじゃねーよ、痛いんだよ!!」
「っ……」
メチャクチャなことを言われてるのに、なんて言い返したらいいのか分からない。それは多分、オレが一番気にしていることを言われたから――……
……その時。
《 ゴスッ!! 》
竹刀が清原君の後頭部にヒットし、同時にすずが自分より身長の高い清原の襟元を掴み、見たことも無いような剣幕で凄んだ。
「黙って聞いてりゃもー我慢できない! 何のんちゃん泣かしてんだコラァ!!」
な、泣いてない!
泣いてないけど、すずの剣幕に怖くて泣きそう。
「またてめーらかよ! 今度は手ぇ出してねぇんだから邪魔すんじゃねぇ!!」
「言葉の暴力もダメに決まってんだろ!! ちーちゃん、こんな奴はとっとと竹刀の錆にしちゃって!!」
「そうだな、黙って聞いていれば自分勝手の極みで卑劣すぎる……」
「ちょ、まだ斉賀希との話し合いは終わってねぇんだけど!?」
「あんな一方的な暴言を話し合いとは言わん。すずとのんさんをいじめる輩は俺が絶対に許さん!」
「イジメじゃなくてケンカだっつーの!! 文句あんなら斉賀希が自分の口で言い返せよ! それが道理だろ!!」
「う……」
「の、のんちゃん……いける?」
心配そうに見てくるすずにコクンと頷く。
すずとハルが入ってくれたおかげで、返しを考えることができた。
「……トーマ先輩が過去に女の人とたくさん付き合ってことは知ってるけど、今はオレが恋人だから。それにつばめ先輩には橘先輩がいるし。オレは本当にトーマ先輩のことが好きだから、消えろという君の要求は受け入れられない」
……と、いうことだ。
第三者に消えろと言われただけで、好きな人の前から消える馬鹿はいないだろう、脅しも折衷案もないのに。
「ちょ、のんちゃん、そんなに真面目に答える必要ないよ……こういうときはうるせぇお前が消えろばーか、でいいんだよ」
「あ、てめー横からアドバイスすんなや!! 卑怯だぞ!!」
「のんちゃんは口げんかビギナーなんだから当然だろ! 大体ぼくらの貴重な昼休みを潰して来てやっただけでも感謝してほしいのに、さっきから図々しいんだよ! 身の程をわきまえろ!!」
「んぎぎぎぎ」
さすがすず、清原君を黙らせた……! (でもいちばん屋上に来たがってたのはすずだったような? )
「と、とにかく俺はテメーがむかつくんだよ、斉賀希! 一回ボコボコにしないと気が済まねーから、とりあえずお前の得意な競技で勝負してやる!! バスケか!? サッカーか!?」
「球技はどれも苦手だな……」
「じゃあ水泳か!? マラソンか!?」
「持久力ない……」
「おい、なんかひとつくらい得意な競技はねーのかよ!」
「悪いけど、一つもない」
清原君がまた前のめりにずっこけた。
自慢じゃないけど、オレは今までまともに体育の授業を受けたことがないのだ。
得意な競技など存在するわけがない。
「てめぇ、中学の頃何やってたんだよ!」
「不登校……」
「マジか」
清原君はどうしてもオレと勝負したいらしいけど(そして負かしたいみたいだけど)オレができそうなものなんて……
「んと、ボードゲームなら……」
「ゲーム? お前ゲームが得意なのか?」
「将棋とか囲碁とかの……」
「んなもんルールわかるかぁ! スマブラとかじゃねーのかよ!」
「そういうのはちょっと……あ、じゃあリバーシは? オセロって言ったほうが伝わるかな……」
「オセロぉ~?」
清原はハァ、とため息をついた。
「なんっか地味なんだよな……てめぇ見かけはクソ派手なくせに」
「そんなこと言われても……」
派手なのは単なるガワのイメチェンで、元々オレは地味なのだ。
外側はすぐに変えられても、中身はそうはいかない。だから少しずつ変わろうとしている最中なんだけど、そんなこと清原君は知ったこっちゃないだろうから言わない。
また清原君がジロジロとオレを見てきたので――今度は鳩のようにメンチを切られてはいなかったので――オレは清原君としっかり目を合わせてみた。
すると、何故か清原君の顔がどんどん真っ赤に染まっていった。
「て、てめぇ……っ」
「な、何?」
「その顔で朝比奈先輩をたぶらかしやがったのか!? 男のくせに、今まで朝比奈先輩の隣にいたどんな女よりも可愛いとかありえねぇし!!」
「は?」
今度はいったい何を言い始めたんだ? 清原君は。
「じゃ、じゃあとりあえずオセロで勝負してやっから、放課後てめーの教室で待ってろよ!! 逃げるんじゃねーぞ!!」
「えっと、物はどうするの?」
「囲碁部にでもあんだろ、借りてくる!」
「囲碁部にオセロが置いてあるかなぁ……」
囲碁を知らない人は似てると思うだろうけど、全然違うんだけどなあ。
「多分あんだろ、間違えて入部した奴用とかに!」
「間違えて囲碁部に入部? あははっ」
「!!」
つい面白くて笑ってしまった。すると、またもや清原君の顔がどんどん赤く染まっていって――……
「わ、笑ってんじゃねえよブス! お前なんかブース!!」
「へ?」
なんだか清原君の様子がさっきと違う。悪口の内容もいきなり低レベルになって、まるで昔オレをいじめてた小学生の男子みたいだ。
なんでいきなり……?
「とにかく放課後だ! 逃げるなよ、斉賀希!!」
そう言い残すと、清原君はぴゃーっと屋上から去っていった。
その後すぐに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!