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「ぶっはっ!」
つばめ先輩の冷たい言葉に、ひばり先輩は飲んでいたジュースを隣にいる藤堂先輩の顔に向かって盛大に吹き出して笑った。
「む、コレはご褒美の聖水か!? ぺろぺろ!!」
「うわっ、きめぇな変態!!」
顔についたそれをレロレロと舐めとり、ひばり先輩に軽蔑される藤堂先輩。
ジュースを吹き出されたのは可哀想だけど(いやご褒美なのか?)その行動はちょっとオレも気持ち悪い……。
「つばめ、さっきから俺の扱いひどすぎねェ!? まあいつものことだけどォ」
トーマ先輩は少し落ち込んだ風な態度を見せるが、つばめ先輩はガン無視だ。
「つばめくん、僕の熱も測ってくれないか!? きみへの愛が溢れてきっと高熱が出ているから……!」
「橘先輩、元から体温高い方ですよね?」
橘先輩は、素手でつばめ先輩に熱を測られた清原君に対してめちゃくちゃ悔しそうだ。清原君を睨みつつ、ギリギリと歯ぎしりをしている……。
めちゃくちゃ美形だけど、言ってることが少しアレだと思う。(そしてつばめ先輩はクールだ)
「アッハハハ!! つばめ先輩のツッコミサイコーですねー!!」
「すず、あんまり笑ったら決闘の雰囲気が台無しに……」
すずは手を叩きながら大爆笑していて、ハルはその横でおろおろしている。
でも決闘の雰囲気なんて最初から無いよ、ハル……。
「で、なにで勝負するの~? まさか殴り合いじゃないでしょ?」
二小山先輩だけが動じずにニコニコしていた。
さすが執行部の三年生だ。
「清原君、モノは持ってきた? ていうかあった?」
「はあ!? き、気安く話し掛けんじゃねぇよ、ブス!」
なんとかこのカオス空間の中、とっとと勝負を終わらせようと清原君に声を掛けたら、いきなり暴言を吐かれた……(別にいいけど)
しかし、清原君のその一言は先輩たちの気を引くのには十分な威力を発したらしい。
「……希がブス? きみ、熱はないけど目は悪いみたいだね」
ブスッ
「いってぇぇ!!」
つばめ先輩が突然清原君にチョキで目潰しを食らわせた。
い、今ので確実に視力落ちたよ!! つばめ先輩怖っ!!
「あ! 清原またのんちゃんをブスって言ったなぁ!? ブスって言った方がブ――ス!!」
「すず、それだとブーメランになってしまう。すずは可愛い……」
「もしかして」
オレをブスと言われて怒るすず。そんなすずにさりげなくアピールするハルを遮るように、橘先輩がひとさし指を立ててひらめき顔で言った。
「清原君は斉賀君のことが好きなのかい? そうだろう?」
……………はい?
橘先輩はいったい何を言ってるんだ、清原君がオレのことを好き?
いやいや、むしろ逆だろう。大嫌いだろう。
オレも清原君も、好きなのはトーマ先輩だ。
……と、思うんだけど……
そんな橘先輩に、トーマ先輩がいち早く反応した。
「あー好きな子いじめってやつッスか? 確かにそれ以外にノンタンをブスって言う理由ねェもんな……って、それならケンカの相手は俺じゃねぇかよ! おいコウハイ! ノンタンは渡さねーぞ!!」
え? 何故清原君とトーマ先輩がケンカを? え??
「ち、ちちち違いますよぉ!! なんで俺がこんなブスに惚れなきゃいけないんですかぁ!? 生徒会長も朝比奈先輩も変な誤解はやめてください!! 俺は純粋に斉賀希と勝負して、朝比奈先輩から引き離したいだけです!! さあ斉賀希、とっとと俺と勝負しろォ!!」
「その前に~」
二小山先輩が冷静な声をあげ、清原君を遮った。
「勝負をする前にルールと条件を決めなくちゃね。えーと、君は確か柔道部の1年だよね?」
「ハイ! 清原翠人です!!」
そうか、柔道部ってことは二小山先輩の後輩でもあるのか……。
「清原が勝ったら朝比奈君の舎弟になるってことでいいの? 朝比奈君的にはオッケー?」
「えー、どうすっかなァ」
「いや、それよりも斉賀希が朝比奈先輩に今後一切近付かないって条件の方がいいです!」
「は!?」
あまりにも理不尽な条件に、つい声が出てしまった。
「朝比奈君と斉賀君は付き合ってるんだから、関係ない第三者が近付くなっていうのは横暴すぎるだろ。ていうか斉賀君が近付かなくても、朝比奈君はガンガン距離詰めてくよ?」
「おう! ったりめーよ!」
「……朝比奈先輩、斉賀希と付き合ってるってのはマジなんですか?」
清原君がおそるおそるトーマ先輩に聞いた。
二小山先輩も言ってるのに、まだ信じてないのか……信じたくないのかな?
「あァ? そーだけど」
「でも、中学時代に男と付き合ってるの見たことないんですけど……」
「そりゃーその時俺に寄ってきたのが女しかいなかっただけだろォが……つーかノンタンの前で昔の俺の話をすンなッ!! シメんぞ!!」
「ひいッ! す、すいませぇん!」
トーマ先輩の剣幕に清原君はビビり散らかし、二小山先輩が話の筋を戻すようにコホン、と咳をひとつした。
「――まあ勝負を申し込まれた側として、主導権は斉賀君にあるんだよね。斉賀君は勝ったらどうしたいとかある?」
「オレは……」
オレも、清原君にはトーマ先輩に近づかないでほしい……。
でも同じ学校で同じ部活で、何より清原君はオレと同じようにトーマ先輩に憧れているんだ。それも、ずっと昔から……。
理不尽なことをいっぱい言われたけど、オレに同じことは言えない。
「おい、早く言えよ斉賀希!!」
「清原、勝負を申し込む側がその態度はないでしょ、部活でシメるよ?」
「す、スイマセン、副主将!」
早く……早くなにか言わなきゃ。
清原君はいいけど、せっかく先輩達が応援に来てくれてるのに!
ああもう、勝負とか受けて立つんじゃなかった。
本当、オレにはこういうのは向いてない。
ここから逃げ出したい……!
「のんちゃん、落ち着いて」
「! すず……」
いつの間にか目の前にはすずがいて、オレの両手を握ってくれていた。
すずに見つめられると、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
「のんちゃん、正直になっていいんだよ。何であんな奴に遠慮してるの? ケンカを売られたのはこっちなんだから、正々堂々と『じゃあ死ね!』とか言ってもいいんだよ?」
す、すずはメンタルが強すぎるよぉ……。
「おいこら黒目ぱっつんこけし! やっぱりてめーが一番ムカつく!!」
「うるさいよ、清原~」
清原君が反論し、二小山先輩が抑えた。
「のんちゃんは優しいから悩むと思うけど……たとえば友達と同じ人を好きになっちゃった場合、必ずどっちかが傷つかなきゃいけない。わかるよね?」
「……うん」
「のんちゃんは清原の気持ちが分かるから何も言えないんでしょ? でも今はそんなこと考えなくていいんだよ。今清原は朝比奈先輩の舎弟になりたいだけかもしれないけど、今後朝比奈先輩を好きになって恋のライバルになったらどうする?」
「えっ」
清原君が、オレみたいに憧れを通り越してトーマ先輩を好きになってしまう……ってこと?
「そんなのやだ」
「うん。だからここで芽を潰しておかなきゃ! 後悔するのは自分なんだから。のんちゃんには今までそういうのは無縁だったかもしれないけど、ちょっとはズルくならなきゃダメだよ」
時々物騒な言葉が入るけど――さっき清原君は実際つばめ先輩に目潰しされてたから、芽を目と聞き間違えた――すずの言葉は素直にオレの中に入ってきた。
少しくらい、ズルくなってもいいんだ。
自分のことを一番に考えてもいいんだ。
「……わかった。ありがとう、すず」
「うんっ」
めちゃくちゃ頼りになる、オレの親友……。
「恋人片無しだな、柊馬。大体希に勝負なんかさせずにお前がなんとかすればすむ話じゃないか? この役立たず、甲斐性無し」
「う……だって俺のために戦うノンタンが見たかったっていうか……それにしても妬けンなぁ、やっぱり俺の最大のライバルはこけしっちかァ」
トーマ先輩とつばめ先輩がそんな会話をしてるとは露知らず、オレは清原君に向き合った。
「――オレが勝ったら、オレがトーマ先輩と付き合ってるのを清原君に認めてもらう! そしてトーマ先輩の舎弟になることは諦めてもらう!」
「はっ、上等だぜ! じゃあオレが勝ったらお前は朝比奈先輩と別れるんだろうな!?」
「それは無理! オレが負けたら、これから清原君にどれだけウザいこと言われても我慢する」
「それって今と同じじゃねーか!?」
でも、条件なんてそれしか思い浮かばないから……。
それにオレは絶対に負けない!!
オレは二小山先輩にアイコンタクトを送り、準備ができたと頷いた。
「じゃあ、いざ尋常に勝負!!……ところで何で勝負をするの? え、オセロ? 地味だね……」
オセロは清原君の予想通り、囲碁部にあったらしい。やはりオセロ部と間違って入部しちゃった人用だろうか。まぁそんなことはどうでもいいけど。(実はちょっと気になるけど)
「じゃあ俺が黒な! なぜなら黒の方がカッコイイからだ!!」
「む……オレは白のほうが好きだし! べー!」
どっちの色だろうが負ける気はしない。士気を高めるため、オレはオレにできる最大の意地悪をしてやった。これくらいは許されるだろう。
「あっ、てめー今あっかんべーしやがったな!? クソ生意気な野郎だぜ! 一面真っ黒にしてやらぁ!!」
「オレだって負けないから!!」
「なんか平和な対決だねぇ。んーと、考える時間は10秒までにしよっか。じゃ、開始~!」
なんとなく流れで審判をしてくれることになった二小山先輩の合図で、ゆるっとオセロ対決は始まった。
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