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――数分後。
「のんちゃん秒殺じゃん! 強いね~!!」
「ノンタンまじでつえー! 一面真っ白じゃねーか!」
「えへへ……オレ、ボードゲームはけっこう得意なんです」
「そ、そんな……この俺が、オセロなんかで負けるとかありえねぇ……」
意気込んでいたのもあるけど、驚くほどあっさりと勝ってしまった。
始まってまだ10分も経ってない。
「え、何なにもう決闘終わり? 殴り合いはしねーの?」
ひばり先輩はスマホを見ていて、勝負が始まっていたことにすら気づいていなかったらしい。 地味な対決ですみません……。
「ひばり、いくら柊馬が馬鹿でも希にそんなことさせるわけないだろ?」
「なーんだつまんねぇの。じゃ、俺はとっとと部活寄って帰ろ~。のん、とりあえず勝ったんなら良かったな、おつかれさん」
「あ、ありがとうございますひばり先輩!」
つばめ先輩とひばり先輩は髪型や雰囲気は全然違うのに、並んだらやっぱりそっくりで、双子じゃないのが不思議なくらいだ。
それにひばり先輩とはそんなに話したことないのに、オレのことを「のん」ってあだ名で呼んでくれてちょっと嬉しい……。
「のんちゃん、次はぼくともオセロしよーよ!」
「いいよ! すず強そう~」
「昔兄貴達とよくやってたから清原よりは強いと思うよ。ちーちゃんもあとで一緒にやろー」
「うん、楽しそうだな」
三人でほのぼのした会話を繰り広げていると、机に突っ伏していた清原君がゆらりと顔を上げた。
「……こ、今回はおとなしく負けてやったけど、俺は朝比奈先輩を慕うのはやめねぇからな! お前が付き合ってるのはギリッギリ認めてやるけど!」
「うん、それでいいよ」
勝負に勝ったことで少し余裕が持てたのか、オレは清原君に自然に笑いかけることができた。
すると、清原君は何故か顔を真っ赤にしてプルプル震えだして……
「い……嫌みったらしく笑ってんじゃねぇ! ブ――ス!!」
そんな捨て台詞を吐いて、C組の教室から走り去って行った。
小学生の頃よく男子から『ブス』とか『オカマ野郎』って言われたけど、今はそれらの言葉に傷つくというより少し懐かしさを感じるのは、オレが大人になったからだろうか?
「ったくあの野郎、のんちゃんのどこがブスなのさ! ありえないから!」
「きっとアイツは目が悪いんだと思う……」
オレの代わりにすずとハルが怒ってくれた。
視力の方は……さっきつばめ先輩に目潰し食らってたから、むしろ検査しなくて大丈夫だろうか?
「まあまあ、彼は無意識に斉賀君のことが気になっているからあんな態度を取るんだと思うよ。小学生みたいで可愛いじゃないか」
橘先輩がほのぼのした顔で言った。
「だとしてもかわいくはないですよ、あんな奴。ねえのんちゃん」
「いや、そもそもオレをそういう意味で気にしてるっていうのがね……」
清原君がオレのことを好きだなんて、絶対にあり得ないと思う。
だってそしたらオレを昔いじめてた奴等は、みんなオレのこと好きだったってことになるし。ありえない。
するとトーマ先輩が後ろから急にオレを抱き締めてきた。
「うーん、ノンタンが無自覚というか鈍くてよかったぜ……」
「は、はい!?」
無自覚? オレが? ……何のことだろう。
「まあ鈍いのはあのコウハイもだけどな。ノンタン、俺のいないところで絶対アイツと二人っきりになるなよォ? 監視を頼むぜこけしっち!」
清原君と二人になんてなるわけないし、そもそも向こうもそんな気ないと思うんだけど。二人になりたいのならトーマ先輩とだろう。
そんなのはオレがゆるさないけど……!
「学校にいるときは勿論そうしますけど。でもぼくがいないときは朝比奈先輩が見ててあげないとダメですよ」
「そりゃトーゼンだろ!」
「深夜のバイトを少し減らすとか」
「そ、そいつはちょっと要相談だなァ……」
トーマ先輩とすずは何故かオレに分からない会話をしている。オレが寝込んでる時にかなり親しくなったみたいだし、なんだか少しすずに……いや、トーマ先輩に? 嫉妬のような感情が湧いた気がした。
「すずも朝比奈先輩と親しいんだな……」
「え、普通だけど?」
ハルもオレと同じことが気になったみたいだけど、すずはそんなつもりはないらしい。『普通』よりは仲いいと思うけどなぁ……。
「お、そーいやお前こけしっちのカレシなんだろ? よろしくなー!」
「「「えええええ!?」」」
「え?」
トーマ先輩の爆弾発言に、オレたち一年三人は絶叫してしまった。
「か、彼氏じゃありませんっ!! ちーちゃんは友達です!! もう、変なこと言わないでください朝比奈先輩!!」
「だってそいつがオマエのこと守ってくれるんだろ? カレシもどーぜんじゃねーか」
「ちーちゃんは善意で……ぼ、ぼくのこともですけど、のんちゃんのことも守ってくれてますから!」
珍しくすずが激しく動揺しているし、ハルは顔が真っ赤だ。ハルはちょっとすずのことを気にしているみたいだし、これはもう……そういうことじゃないだろうか?
ちなみにオレも絶叫したのは、単純に『もう付き合ってたの!?』と思ったからだ。まだだったみたいだけど。
「あ、そーなのか。そいつはありがとうな! エート名前なんだっけ……」
「し、東雲千春です……」
「チハルな! 覚えた」
「は、はいっ」
珍しくトーマ先輩があだ名呼びしてない。思いつかなかったのだろうか。
「もぉ、朝比奈先輩ってば何勘違いしてんだよ、守ってもらって感謝はしてるけどちーちゃんとはそんなんじゃないのにっ!」
「ま、まあまあすず……」
頬を染めてぷんぷん怒る(照れ隠し?)すずが可愛くて、さっき抱いた嫉妬みたいなものは綺麗に消え失せた。
ハルはすずの事が気になってるみたいだけど、すずの方はどうなんだろう?
「はーいちょっとみんないいかな、そのまま聞いてくれる?」
突然橘先輩が教室の真ん中に立ち、全員に向かって話し始めた。
「橘先輩、どうしたんですか?」
「ちょうどみんな揃ってるから報告をね。――先日斉賀君を襲った三人組だけど……彼らの処罰はしない予定だったんだけど、他の生徒に対して暴力等の前科が発覚してね、二週間の謹慎処分が決まったよ」
「え!?」
オレが驚いていると、ニ小山先輩が橘先輩に続いて言った。
「実は僕のところに数件タレ込みがあったんだよ~。それで理事長に相談して……斉賀君のこともあるし、まあ執行部の権力を示すいい機会かなってなってね。斉賀君は一年生だけど、執行係がナメられたらダメだし」
「あ……そっか……」
橘先輩が変わって言った。
「未遂じゃなかったら退学だったんだし、朝比奈君が帰ってこなかったら危なかったんだろう? 妥当な処分じゃないかな」
「……………」
先輩たちの言う通りだと思う。オレだってあの夜はとても怖かったのだし……他にも被害者がいるのだとしたら、甘いことは言っていられないのかもしれない。オレは、執行部の一員なんだから。
誰かがポンとオレの肩を叩いた。見ると、朝比奈先輩だった。
「ノンタン、気にスンナ……ってのは違うか。まあ、あいつらにはいい薬だろ。多分もう襲ってこねぇと思うし。それよりこの件は今日の放課後から掲示板に張り出されっから、明日から周囲が騒がしくなるっつか、ヤな視線を寄越してくると思うけど……俺的にはそっちの方が心配だぜ」
「あ……そう、ですか?」
陰口を叩かれるのはわりと慣れているから、直接暴力を振るわれるよりは全然大丈夫な気がする。
「だーいじょーぶです朝比奈先輩! ぼくが付いてますから!」
「お、俺も微力ですがのんさんの力になります。因縁をつけてくる輩がいたら朝比奈先輩の代わりにぶったおしますから……!」
すずは自分の胸を叩き、ハルは少々息巻いて言った。そっか。今度は陰口を叩かれたって、オレは独りじゃないんだ。
それなら――
「おう、オメーら頼りにしてるぜ。俺の大事なノンタンを守ってくれな」
「「はい!」」
「なんか恥ずかしいんですけど……すず、ハル、ありがとう。朝比奈先輩も心配してくださってありがとうございます」
きっとオレは、大丈夫だ。
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