第五十話 部活動見学

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 音楽室に向かう途中の廊下で、透き通るような高音のとても綺麗な歌が聞こえてきた。 「声たっか! 女の人が歌ってるのかな? でも音楽で女の先生とかいたっけ……」  ここは男子校なので、女子生徒が歌っている可能性は限りなく低い。 「ちげーよほら、さっさと来い」  いつの間にかオレ達より先に音楽室に着いていたトーマ先輩が、来い来いとジェスチャーしていたので、オレたちは駆け足でトーマ先輩の両隣についた。  歌ってる最中なのでドアは開けず、廊下から音楽室の中を覗き見た。  歌っていたのは、ひばり先輩だった。  歌っているのは外国の歌で曲名は分からないけど、ひばり先輩の歌がめちゃくちゃ上手いってことだけは、素人のオレでも分かった。  なんて美しい声なんだろう……!!  物凄く高い声なのに耳がキンキンすることもなく、脳に直接響いてくるようだ。そして、それがとても心地がいい。  ひばり先輩は白っぽい金髪をサラサラとたなびかせているから、まるで本物の天使が歌っているようにも見えた。 「……っ」  感動して、思わず涙がこぼれそうになった。  それはオレだけじゃなくて、すずも、周りで偶然居合わせた人たちも同様のようで、歌が終わると廊下で盛大な拍手が起きた。 「ひばり様、素晴らしすぎるっ……!! 俺の歌姫、女神様……!」 「うわっ!? ……と、藤堂先輩!?」  隣でえらく号泣しながら拍手してる人がいるなーと思ったら、ひばり先輩のストーカー……じゃなくて、忠実な下僕の藤堂先輩だった。 「先輩にむかってうわ、とはなんだ斉賀。というかお前ら3人そろって一体何しに来てるんだ?」  人前なのに思いっきりちーんと洟をかむ藤堂先輩に睨まれた。 「ちーっす藤堂さん、俺はこいつらの部活動見学に付き合ってるんスよ」 「まあ見てるだけですけど……」 「ははあ、ひばり様のサインが欲しいのだな? よし、やらん!! ひばり様のサインは貴重なのだ!!」  まだ欲しがってないのに断られた。  藤堂先輩はひばり先輩のジャーマネか何かなのか? (もちろん自称)  廊下で騒いでいたらドアが開いて、さっきまで歌っていたひばり先輩が音楽室から出てきた。 「おまえらさっきから廊下でうっせぇ。見学なら中に入れよ、変態以外な」 「ひばり先輩! 歌、すっごく感動しました!」 「めちゃくちゃ声綺麗でしたぁ~!」 「よー、のんにすず。可愛い系新人生徒会役員じゃねえか。サンキュー!」  興奮気味に感想を言うオレとすずに対し、ニコッと笑いかけてくれるひばり先輩。  思わずその笑顔にキュ―ン!! として、藤堂先輩じゃないけどファンクラブがあったら思わず入ってしまいそうだった。  テレビの中の踊れるアイドルにときめく人達の気持ちが分かった気がした。 「よぉひばり、相変わらずキレーな歌声してんなァ」 「柊馬に素直に褒められるとなんか背中がぞわぞわする……気持ち悪っ」 「褒めてやってんのに失礼な奴だなオイ!」 「ふははは! ざまァ見ろ朝比奈!!」  トーマ先輩がひばり先輩にけなされて、何故か勝ち誇ったように笑う藤堂先輩。  トーマ先輩の顔にうっすらと血管マークが浮いてる! (やっぱり先輩相手でも煽られるとムカつくんだな) 「てめぇはいるだけでぞわぞわするぜ、消えろ藤堂変態!」 「ではひばり様、写真を150枚ほど撮らせて頂いたら失礼しますね」 「多すぎるわ!!」 「高速連写ですのでご安心を」 「お前の存在以外不安に思ってねぇぇ!!」 「ああーひばり様、怒った顔もお美しいッ!」 「ぎゃああああッ!!」 パシャッ パシャッ パシャシャシャシャシャシャ(高速連写中)  トーマ先輩の血管マークがスッと消えた。  うん、オレも何も見なかったことにしよう。 「んじゃ次は写真部行ってみっか? ひばりの等身大パネルとか巨大ポスターとかあるけど……藤堂さんが部長だから」 「「え、遠慮します……」」  その後も色々な部活動を回った。  吹奏楽部、軽音部、美術部、漫研、オカ研、料理部、囲碁部、将棋部、かるた部、アイドル研究部、演劇部、茶道部、などなどかなり駆け足で……。  知り合いのいない部活は本当にただ窓の外から眺めるだけにした。オレも多少は警戒されているけど、なによりトーマ先輩がびびられすぎていて……。 「あっ……朝比奈が来てるぞォォ!?」 「ひいぃっ、なんでこんな地味な部活の偵察に来てんだよ!? 誰か何かやったのかオイっ!?」 「何も悪いことはやってねえぞ!! 執行部が何の用だ!?」  どうやらガサ入れ(?)と思われたらしい。トーマ先輩を連れて来たのが仇となったようだ。  執行部は生徒に怖い存在だと思われないといけないとはいえ、無条件にビクビクされるのはちょっと複雑だ……でも、慣れなきゃ。 「で、一通り回ったわけだけど。何か入りたい部活はあったか? 二人とも」 「うーん……のんちゃん、あった?」  これといって無いけど、選べと言われたら一つだけあった。   「い、囲碁部かなぁ」 「へえ、ノンタンオセロだけじゃなくて囲碁も出来んのか、スゲーな!」 「ぼくものんちゃんと一緒の部活に入りたかったけど、囲碁とか全然わかんないよぉ~」 「すずが入ってくれるならオレ、打ち方教えるよ」 「ほんと?」 「うん。結構面白いよ囲碁。初心者向けの小さい路盤もあるから大丈夫」 「えー、じゃあ教えてもらおうかな……囲碁打てるってなんかカッコイイし」  こうして囲碁部に入ることが決まり、早速職員室に入部届けを提出してきた。これで一安心だ。  囲碁部の人たちってどんな感じだっただろうか? 入りたいとは思ったけど、天文部並みに地味すぎて全く印象に残っていない。 「ノンタンとこけしっちってマジでいつも一緒だよなァ。彼氏の俺様、ちょっぴり妬けるんだけどォ」  オレたちの後ろで、突然トーマ先輩がそんな呟きを漏らした。オレはびっくりして振り向いたが、すずはブッと派手に吹き出した。 「朝比奈先輩、ぼくに妬いちゃってるんですかぁ!? あっははは、おっかしーい!」 「アハハてお前なァ……同じ部屋で同じ教室で同じ部活のこけしっちにゃ、俺の気持ちはわかんねぇよー」 「あらら、今度は拗ねた! のんちゃん、なんとかして~」 「う、うーん……」  どうしたらいいんだろう。  正直妬かれるのはかなり嬉しいし、拗ねてるトーマ先輩も可愛いって思うけど、どう対処したらいいのかは全然わからない……。 「トーマ先輩、今夜俺たちの部屋にご飯食べにきますか?」 「マジで!? いいのか!?」 「部活案内してもらったお礼です。今夜の夕食担当はオレだし……いいよね? すず」  オレがトーマ先輩のためにできることって、これくらいしかないしなぁ。 「もちろん、のんちゃんがいいなら」 「よっしゃー! ノンタンの手料理ー!」  今日はスーパーに寄らなくても、実家から送ってきたもので何か作ろうと思っている。すずの実家からの野菜もあるし、なんとかなるかな。  と思ってたら、すずがトーマ先輩に聞こえないようにヒソヒソと話しかけてきた。 「のんちゃん、今日は先輩と一緒にスーパー行かないの?」  この間、トーマ先輩がオレたちの食糧を必要以上に爆買いしてくれたので、すずはまた期待している……。気持ちは分かるけども。 「すず、あんまりトーマ先輩にタカっちゃダメだよ……」 「ちぇ~」
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