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第五十一話 囲碁部へようこそ
次の日の放課後、オレとすずは早速囲碁部に挨拶に行くことにした。入部の件は先生から直接部長へ伝わっているはずだ。
「のんちゃん、早くいこうよ!」
「なんかちょっと緊張するね……知らない先輩ばっかりだろうし」
「ぼくたち歓迎されるかなぁ?」
「それは……どうだろう……」
やっぱりつばめ先輩や橘先輩のいる部活にするべきだったかな、と一瞬思ったけど、すずはビニールハウスが苦手だし、オレは虫が苦手だから無理だ。
天文部は宇宙ガチ勢じゃないと馴染め無さそうだからやっぱり無理。
囲碁は個人競技だから、オレには向いてると思ったんだけど……。
ちなみに将棋部もあったけど、なんだか雰囲気が怖そうだったからやめた。
囲碁部は、部活棟の二階の隅でひっそりと活動している。
「すいませーん、入部希望した1年なんですけどぉ……」
そっと部室のドアを開けたら、中では二人が対局中で、一人がそれを横から見ていた。三人しかいないけど、もしかしてこれで全員?
すると横から見ていた人が顔を上げて、オレたちを認識してくれた。
「あ……、君達って確か生徒会の……昨日見学に来てた?」
「はい、ぼくは山田清白でーす! 囲碁は初心者でルールも知りませんが、打てたらカッコイイので入部希望です!」
「オ、僕は斉賀希です。僕は経験者なので、山田君に教えようと思ってます。……ええと、入部してもいいですか……?」
その人はぼーっとオレ達二人を見ていたが、「あの……?」と再び声をかけたら弾かれたように返事をした。
「あっ! はいはい、入部希望ね! 先生から聞いてたわ! いや~嬉しいなあ、うちみたいな地味な部活に君たちのような有名な一年生が二人も入る……のか……なんて……はははっははっ」
なんだかめちゃくちゃ焦ってるというか、嫌がっているというか、やはり歓迎はされていないらしい。
「生徒会役員とか思わずに、ただの1年だと思って接してくださーい」
「そ、そうしてください」
「いや、そういうわけには……そうだ、あ、朝比奈君は来てないよねっ? 昨日は彼もいっしょに来てたなーなんて。ははっ!」
なるほど、オレ達の背後に透けて見えるトーマ先輩が恐いのか。
すると今度は対局中だったひとりが反応した。
「部長~何テンパってるんですか。相手はただの1年でしょう」
「うう……でも1人は執行部だし……」
「執行部っていっても、善良な生徒の俺たちにとってはいい味方でしょうに。むしろこれは僥倖じゃないですか」
「た、たしかに。味方なら心強い……か」
「うわあ! 俺の一目半負けかよちくしょー!」
どうやら対局はもう終わっていて整地中だったらしい。
負けていた人がじゃらじゃらと碁石を片付けると、三人は立ち上がってオレ達の前に並んでくれた。
「じゃ、じゃあ自己紹介するね……ぼくは部長で3年の東野といいます、よろしくね……あっ、メンバーはこれで全員なんだけど」
さっきの会話で分かっていたけど、一番気が弱そうなこの人が部長らしい。
薄い銀縁のメガネを掛けており、背は高いけどひょろっとしていて、橘先輩の光を浴びたら消えてしまいそうなほど影が薄い。
でもとても優しそうなので、オレはけっこう好印象だ。陰キャ仲間って感じで親近感。(ここにいる全員すず以外陰キャっぽいけど)
「俺は2年で副部長の西田でーす。――へえ、実物は校内放送よりよっぽど可愛いんだな、サイガノゾミくん」
「ど、どうも……」
さっき部長に耳打ちしていた先輩だ。この人は無遠慮にオレをじろじろ眺めてくるし、怖いもの知らずっぽいというか、好奇心が強そうというか……。
ちょっと苦手なタイプだけど、見た目は部長同様に影が薄い。
「俺は2年の北山です。んん~斉賀君は可愛すぎてちょっと引くなぁ……どっちかっていうと山田君の方が好みかな……! はあっ、囲碁部がアイドル部に生まれ変わろうとしている」
「何を言ってるんだお前は」
西田先輩が冷静に突っ込んだ。北山先輩はちょっとアレな人っぽい。
見た目は例にもれず影が薄いけど、仲良くなったら面白いのかもしれない。
「「よろしくお願いしまーす!」」
このとき、オレとすずは目を合わせて以心伝心をしていた。
『南』さんはいないのかな? と……。
とりあえず今日はオレの棋力を知りたいということで、3人の先輩たちと順番に対局することにした。まずは北山先輩だ。
「わあ、碁石持ってるのんちゃんカッコイーイ!!」
「そ、そんなことないよ……」
すずが横からキラキラした目で見つめてくるのでちょっと照れくさい。
「同じことしてるのに全くカッコイイと言われない俺」
「別にかっこよくないだろお前は」
主に北山先輩がボケ、西田先輩がツッコミ担当らしいことは分かった。
パチッ、パチッという、小気味良い碁石の音が部室内に響く。
オレはこの音がわりと好きだ。将棋も同じように好きだけど、碁のほうがオレの性格というか、性分に合っている気がする。
ちなみにオレが囲碁や将棋を嗜んでいるのは、父親の影響だ。
オレの父はボードゲームマニアで(当然チェスや麻雀もする)引きこもりのオレが暇を潰せるようにそれらを教え込んでくれていたのだった。
そして、北山先輩は中盤辺りで手を止めた。
「もう無理、投了だぁ」
「えっ」
「のんちゃん、先輩に勝つなんてすごーい!」
「いや、その……」
まだ反撃の手はいくつか残ってる気がするんだけど……。
それに気付いていた西田先輩と部長さんは苦い顔をして、「もういい、俺がこいつの代わりにここから打つ」と、西田先輩が席を変わった。
「え、ちょ、そんなのズルじゃ……」
「いいだろ? 斉賀君。ここでやめたらつまんないもんな」
「は、はい……どうぞ」
さっきも西田先輩は北山先輩に勝ってたし、相当腕に自信があるんだろうと思っていたら……
「くっ、俺の負けだ……」
「ええええ!?」
ちょっと待って、さっきとあんまり戦況変わってないんだけど!?
「のんちゃんすごーい! 二年生二人に勝っちゃったぁ」
「西田は一見スゲー強そうに見えるけど、実は俺とあんまり棋力変わらねーんだよな」
「うるさい北山! お前よりはマシだ!」
正直『どんぐりの背比べ』と言ったところだけど、生意気な一年だと怒られそうだから絶対に言えない……。
「ああ、それって目くそ鼻くそを笑うってやつですかぁ?」
「ちっがーうすず、それを言うならどんぐりの背比べ!! ――あっ」
い、言ってしまった……つい、すずにツッコんでしまって……(でも目くそ鼻くそよりどんぐりの方がマシだと思う)
やばい、西田先輩と北山先輩の顔が見れない。
「あっはっは、それそれー! 鼻くそとか言っちゃってごめんね先輩!」
「い、いいさ別に……敗者には何も文句を言う権利はないっ……」
「おん、むしろもっと言って欲しい」
「北山先輩、藤堂先輩のお仲間じゃないですかぁ」
オレもそう思った……。
囲碁部にも影の薄い変態さんがいまーす!!
「ところで部長さん、初心者のぼくにはのんちゃんがめっちゃ強いのか、先輩たちがクソ雑魚なのかよく分からないんですけど」
「すず――!!」
それ以上先輩たちの心を痛めつけるのはやめたげてッ!! (同じ陰キャのため、どうしても感情移入してしまうオレ)
「そりゃもう前者っていうか……元々うちは弱小部なんだ。大会でもいつも一回戦負けだし……きっと僕より斉賀君の方が余裕で強いと思う」
「え、囲碁部も大会とかあるんですか?」
「あるんだよ、それが」
「へえー! 部活っぽーい!」
「ぶ、部活ですハイ……」
もはや場を支配しているのは部長さんではなく完全にすずだった。
陰キャの中に一人だけの陽キャとはいえ、そのパワーは凄まじいものがある。一人で入部しなくて本当に良かった。
「でも今年は斉賀君を大将にして大会に出たら、いいところまで行くんじゃないですか? 部長」
「ええ!?」
「もちろん斉賀君が大将であることに異論はないよ。――斉賀君、出てくれるよね? 高校生囲碁大会」
「いや……あの……」
なんで入部したばっかりの1年のオレが2,3年生を差し置いて大将なんだ……!?
すごく文句を言いたいけど、さっきすずが好き放題言ってくれたせいで何も言えない! あ、もしかして先輩たちこれ見越してた!?
「ちなみに、大会って何人まで出れるんですか?」
すずが狙いすましたような可愛い顔で部長に訊いた。
「三人だよ。大将と副将、あと三将。いつもは年齢順なんだけど……」
「よぉし、じゃあぼくは三将を目指してがんばるぞー!」
「すずぅぅぅぅ!!」
結局オレは、大会に大将として出ることを了承したのだった……。
「あの、オレ達生徒会活動の方が忙しいときはあまり囲碁部に顔出せないと思うんですけど……」
部長さんに確認すると、「ああ、勿論生徒会の方を優先していいよ。大会さえ出てくれれば……!」と念を押すように言われた。
これでオレが一回戦でボロ負けしたら目も当てられないから、部活に来れないときもなるべく自主的に訓練しよう――と思った。
「絶対に三将の座は譲らないからな、山田……!」
「じゃあぼくたちライバルですね、西田先輩~!」
まだルールも知らない初心者なのに、先輩相手に堂々とライバル宣言するすずのメンタルを見習いたい。
「正直俺は、俺より強くなった山田君にもっと強いこと言われたい……」
「えっ? クソ雑魚より上の暴言!? 何があったかなぁ」
北山先輩……。
「貴様はもう部活辞めろ北山ぁぁ!!」
「嫌だッ!! せっかく弱小囲碁部がアイドル囲碁部に生まれ変わったのに、誰が辞めるかよぉぉ!!」
「弱小に変わりはないんだよ!!」
「け、喧嘩はやめるんだ、二人とも! ここは仲良しだけが取り柄の部活だったじゃないかぁぁ……!」
「なかなか楽しそうな部で良かったね、のんちゃん!」
「うん」
カオス再び……。
そう思ったけど、オレはツッコミを放棄した。
とりあえず今は、いつごろあるのかわからない囲碁大会に向けてそれなりに頑張ることに決めたのだった。
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