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第五十二話 希、デートに着ていく服がない
無事囲碁部に入部し、生徒会執行部関連の仕事も特にはなく、数日は平穏に過ぎて行った。
そして週末、金曜日の朝。いつものようにすずと食堂に行き、そこでトーマ先輩に会って一緒に朝食を食べた。
そのまま3人一緒に登校し、靴箱のところで2年のトーマ先輩と別れる際、トーマ先輩が言った。
「そーだノンタン、明日デートしようぜ! 週末遊ぼうって前に約束してただろ? 待ち合わせは11時な。俺は今夜もバイトで実家に泊まるからよ、場所は駅前でいいか?」
「えっ、あっ、ハイ」
「行きたい所とかあったらRhineで教えてくれな。あ、別に何も用事なくてもRhineしてくれていいぜ! そんじゃーなァ」
「は、はい、じゃあ……」
サクサク話を進めるトーマ先輩のノリについ流されて、簡単にOKと返事をしてしまった。
そういえば(すっかり忘れていたけど)前にデートしようって言われて、凄く嬉しかったんだ。そのときは。
いや、もちろん今も嬉しいに決まっている。大好きなトーマ先輩と休日デートなんて、学校と寮以外で会って遊ぶなんて夢みたいだ。
嬉しい、けど……。
――ここで一つ問題が発生。
「へえ~、のんちゃん明日朝比奈先輩とデートなんだ。どこ行くの? ぼくもちーちゃん誘って遊びに行こうかなぁ。偶然会ったりしたら面白いよねー」
どうしよう……どうすればいいんだ。
「……のんちゃん? どうしたの」
「すず、どうしよう……オレ、デ―トに着て行く服が無い……」
「ええっ!?」
デートって何を着ていけばいいんだ。
休日なんだから制服というわけにもいかないし、かと言ってオレがいつも着てる部屋着で行くわけにもいかない。
もちろん普段着はあるけれど、それを好きな人とのデートで着るか? と自問すればナシよりのナシだ。(地味だし、多分中学生にしか見えない)
「今日の放課後に買いに行く……? 先輩たちには悪いけど、部活はお休みしてさ」
「月末だし、服とか買う余裕無い……」
「わあ、同じく金欠~」
そんなこんなで悩んでいたら、あっというまに昼休みになった。
今日はC組の教室で、すずとハルの三人で弁当を食べている。(オレとすずは自作、ハルはお母さん作だ)
「すずお願い、よく分かんないけどオシャレな服持ってたら明日一日だけ貸して……! 後からクリーニングして返すから」
「のんちゃん、大根農家の三男坊がオシャレな服なんて持ってると思うの?」
ものすごい真顔で言われた。
別に大根農家でもオシャレな服を持ってる人はいるんじゃないのか……?
「じゃあハル。なんかオシャレな服持ってたら……」
「す、すまないのんさん。俺はオシャレとか本当に疎くて……私服は全て母親チョイスなんだ。センスがいいのか悪いのか自分では判断ができない」
「うううう」
どうしよう、他にオレに服貸してくれそうな人なんていない。生徒会や囲碁部の先輩たちにこんなことを相談するわけにもいかないし……(そもそもみんなオレより背が高いのでサイズが合わさなそうという問題もある)
ちなみにオレの私服もハル同様に母親チョイスが多い。引きこもりで外出なんてほとんどしなかったから、服なんて着れたらいいや~くらいの気持ちだったのだ、ずっと。
「何々、なんか暗いぞ君達~? 斉賀、何か悩みごとでもあんの?」
「上妻君!」
最近仲良くなったクラスメイトの三人組、上妻君と森君、一之瀬君が弁当を持参してオレたちのところへやってきた。
「それがねーファッションの話なんだけど……」
「ファッション?」
「服がどしたん?」
そうだ、この人たちなら絶対オシャレな服を持ってそうだ!!
いや、持っているに違いない、陽キャだし!(決めつけ)
いきなり服を貸してくれなんてすごく不躾なお願いだと思うけど、もう明日のことなのでなりふり構っていられないのだ。
――そんなわけで、オレは三人にも相談してみた。
「ほほう、デートに着ていくカッコイイ服か……俺、カッコイイジャージなら何着か持ってるぜ!」
「じゃ、じゃーじ」
ジャージって、部屋着の部類では……? いや、それは陰キャの発想で元々は運動着なんだ、つまり外で着る服! 運動だけじゃなくてデートにも使えるなんて知らなかった……!!
「健人お前、遊び行く時いっつもジャージだよな。デートでもジャージだったら引かれるぞ、普通に」
キラキラした目でジャージを語る上妻君に、一之瀬君がツッコんだ。
ひ……引かれるの?
「なんだよ、ジャージいいじゃねぇか! 動きやすくて!」
「デート用の服に機能性とか求めてねぇから。スポーツデートとかキャンプデートなら別にいいと思うけどさ。……俺はオシャレな服持ってないことはないけど、斉賀とはサイズが違いすぎるんだよなぁ」
「う……た、たしかに」
一之瀬君はバスケ部の高身長イケメンだから、オレとは体格がかなり違う。服を借りたところで、子供が大人の服を着てるみたいになりそうだ。
そのときだ。
「じゃあ俺の服、貸そっか?」
「え?」
「のんちんに似合う服、ぜってぇあると思うんだよな」
「ほ、ほんとう? 森君!」
「マジマジ」
漫画とアニメが大好きな森君だ。確かに森君はオレやすずと同じくらいの身長・体格だ。それにオシャレっぽい。(派手ともいう)
助かった……持つべきものはやはり友達なんだな!
「も、森君はオシャレとか詳しいの……?」
「まあ、それなりに? うち姉ちゃんもいるし、ダサい格好してると何かとうるせえんだよなー」
おお、お姉さん……! そんな身近に服のアドバイスをしてもらえる存在がいるなんて羨ましい。(オレだけじゃなく、すずやハルもそう思ったらしい)
「とにかく、本当にありがとう! えっと……」
放課後森君の家に服を借りに行ってもいいか聞こうとしたら、森君はオレにとってめちゃくちゃ助かる提案をしてくれた。
「デートって明日なんだろ? じゃあ明日の朝直接オレんちにおいでよ。学校からわりと近いからさ。気合い入れて頭から靴までのんちんのトータルコーディネートさせて! えーと、9時……いや、8時には来れる?」
森君は神様なのか……?
あまりに有難い申し出に涙が出そうになった。
「うん! 本当に本当にありがとう森君……!」
「テツヤでいいよ!」
「て、テツヤ君っ」
なんか名前呼び照れくさいな……というか、テツヤ君なんて気軽に呼んでいいんだろうか。神様テツヤ様なのに。
「ねぇねぇ、明日ぼくもてっちゃんち行っていい? のんちゃんがカッコよくなるところが見たーい!」
「おお、別にいいよ。――んじゃあ、ついでにお前らも来る? 明日部活が休みなら……」
「「「行く!!」」」
すずとハルは分かるけど、上妻君と一之瀬君までわざわざ朝早くからオレを見にくるなんて……物好きというか、なんというか。
その日はちゃんと部活にも顔を出して――すずは九路盤での囲碁なら既にマスターしてしまった――その日は安心して眠った。
明日はトーマ先輩との初デート、楽しみだな。
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