567人が本棚に入れています
本棚に追加
第五十三話 希、飾り立てられる
――次の日。
「のんちゃん、起きてるー?」
「……起き、てる……」
声とともにドアをノックされて、すずが顔を出した。
「ていうか、寝た? なんかクマできてるよぉ」
「まあ、少しは……」
正直に言うと、今日のデートが楽しみすぎてあまり眠れなかった。
オレは遠足とか修学旅行とか、ぼっちになりそうな学校行事は全て休んできたから、よく聞く『楽しみすぎて眠れない』というのはただの大袈裟な表現だと思っていたんだけど……。
次の日が楽しみすぎると、本当に興奮して眠れないのだと知った。それでも少しは寝たけど。
「朝ご飯はコンビニで何か買っていかない? てっちゃんちで食べようよ。みんなへのお土産も兼ねてさ」
「うん、そうしようか」
オレとすずは身支度を整えると、寮を出た。
Rhineで送られてきたマップを見ると、テツヤ君の家は本当に学校の近くで、徒歩15分くらいで着く予定だ。
途中で無事青いコンビニもあり、朝食兼お土産を買った。
「ねぇすず、デートって5千円くらいあれば足りるかなぁ……」
「足りるどころか、別にいらなくない?」
「えっ!?」
「(朝比奈先輩いるし)――ところでのんちゃん、行きたいところを朝比奈先輩にRhineしたの?」
「ううん。思いつかなくて……でも、トーマ先輩と一緒ならどこでもいいかなぁって」
自然にノロけてしまった。
でもすずは嫌な顔一つせず、「ふふ、そうだよね」と優しく言ってくれた。
いつの間にか閑静な住宅街に入り、テツヤ君の家を見つけようとしたら――丁度玄関の前にハルと上妻君、一之瀬君が立っていたのですぐに分かった。
みんな丁度に着いたみたいだ。
「三人ともおっはよう~!」
「はよーっす! 朝からテンション高ぇな山田は。さっきピンポン鳴らしたとこで、ちょっと待っててってさ」
「りょうかーい!」
高級住宅地なのか、近所のどの家も綺麗で大きくておまけにオシャレな庭も付いていて、テツヤ君もいいところの子なんだな、と実感した。
数分後、玄関の扉が開いて中からテツヤ君が出迎えてくれた。
「はよーっすみんな、いらっしゃーい!」
「おはようテツヤ君。朝早くからごめんね、今日はよろしくお願いします」
「――ていうか今更だけど、朝から大勢で押しかけてごめんねぇ? 家の人は大丈夫なの?」
すずが心配そうに聞いた。それ、オレもちょっと気にしてた。
オレとすずは寮生だから親がいないことに慣れちゃってて最初気付かなかったし、上妻君たちが気にする様子もないし、テツヤ君自身がみんなを誘ってたから敢えて聞かなかったけど……。
「ああ、オレんち親二人とも海外で仕事してっから、この家は大学生の姉ちゃんと二人で住んでんだ。だから気にしなくていいぜ」
「え、そうなの!? こんな広い家に二人で!?」
上妻君たちは知っていたらしい。だから気にしていなかったのか。
「家の掃除と庭の管理が大変なだけで、広くても特にいいことはないぜ? おーい、姉ちゃーん!」
テツヤ君が大声でお姉さんを呼んだ。
ちょっ、まだ寝てたりしたら物凄く迷惑じゃないか!?
――そう思っていたけど、奥のドアから黒縁メガネを掛けた髪の長い、可愛らしい女の人がひょこっと顔を覗かせた。
テツヤ君と結構似ている……気がする。
「どうも、いらっしゃーい。玄関で話してないでさっさとリビングに案内しなさいよ、テツ!」
「へーへー。じゃ、みんな遠慮なく上がってくれぃ」
「おじゃましまーす」
みんなでぞろぞろとテツヤ君の家に上り込んだ。
靴はちゃんと揃えて……っと。
「初めまして! テツヤの姉の佳織でーす。今日は私も協力するから。好きに着せ替えしていいのはどの子なの?」
「あ、オレ……です」
着せ替えという単語に少し驚きつつ、思わず手をあげたらお姉さん……佳織さんが近くに来て、頭のてっぺんから足の先までじろじろと見られた。
な、なんだろう……?
「……君、もしかして男の子?」
「え、はい男です……斉賀希といいます、今日はよろしくお願いします」
「へ~、これは飾り立てがいがありそうだわぁ……」
佳織さんはニコッと笑った。悪戯っぽい笑顔が特にテツヤ君に似ている。
女の子と思われていたのがちょっと心外だけど……。
「じゃあ私はちょっと服を見つくろってくるから、のぞみちゃんもみんなとコーヒーでも飲んでてね。あ、これお土産? わざわざありがとうー!」
「いえ、よろしくお願いします」
って、なんでお姉さんが服を選ぶのかな? テツヤ君の服を貸して貰うのでは……あ、お姉さんがセンスいいってことかな。
そうだろう、きっと。
「お土産とかサンキューのんちん! すずちんも! じゃあコーヒー淹れるから、みんなテキトーに座っててくれよ。潤、手伝ってー」
「りょーかい」
「あ、ぼくとのんちゃんはブラックコーヒー飲めません! ごめんね!」
「そうなん? じゃあのんちんとすずちんはカフェオレな~」
「あ、ありがとう……」
コーヒーが飲めないのでどうしようと思っていたから、すずが言ってくれてホッとした。自分で言わなきゃいけなかったけど……。
本当はすずがブラックコーヒーを飲めることをオレだけは知っているので、余計に申し訳ない。
すずにお礼のアイコンタクトすると、ウインクで返してくれた。
……可愛すぎない?
テツヤくんが淹れてくれたカフェオレと、オレとすずが買ってきたパンを食べながら、昼休みみたいにみんなと雑談した。
「へー! 斉賀は一人っ子なんだ。そんな感じするなぁ。東雲は?」
「俺も一人っ子だ……だから、兄弟がいる人が素直に羨ましい」
「あ、分かる。オレもお兄ちゃんとかお姉ちゃんが欲しかったなぁ」
オレとハルの言い分に、すずがえーっと言った。
「兄貴なんていらないよ、マジで! しかも二人もいるんだよウチ! マッチョゴリラが暑苦しいったらないよ。弟なんてマジでパシリも同然だからね」
「それって姉貴でも一緒だぜ! むしろ姉の方が横暴だと思う」
すずに同調しつつ答えたのはテツヤ君だ。
それを聞いて、オレは「えっ」と思って言った。
「でも、佳織さんはすごく優しそうだよ? オレ、あんなお姉ちゃんなら欲しいなぁ……」
「直接アイツに言ってやってのんちん、オレと交換しようって言ってくるからな、絶対!」
「ホントに、交換したいものだわぁ」
「げっ!」
いつの間にか、リビングに佳織さんが戻ってきていた。
全く気配を感じなかったぞ……!?
佳織さんはテツヤ君の頭をグーで殴った後、オレにニッコリと微笑んだ。
「じゃあ希ちゃん、準備が出来たからニ階に行こうか。テツも来な」
「は、はい……」
「へーいへいへい」
自然に希『ちゃん』って呼ばれてるけど、佳織さんは本当にオレの性別を間違えてないよな……?
その不安は、服を全部着せられたあとにも続いた。
「あ、あのぅ佳織さん……」
「なぁに?」
「な、何故オレは、女の子の服を着させられているのでしょうか……」
ちょっと待って。どういうことなんだコレは……。
無地の白いカットソーはいいとして、ゆったりとしたニットのカーディガンに、膝下まであるスカート。そして靴下。
やっぱり佳織さん、オレの性別勘違いしてる!?
「だって男性とのデートなんでしょう? テツからそう聞いたけど」
えええええ……!?
いや、たしかに男性とのデートだけど、だからって別に女装をする必要とかある……!? え、ある?? 本気で分からない。
「テツヤ君、オレはオシャレな服を貸してくれって言ったのであって、女装するなんて一言も言ってない……よ?」
「え、だって朝比奈先輩とデートなんだろ? 俺もてっきりそういう服が借りたいのかと思ってたけど」
「ち、違うよ! 確かにトーマ先輩も男でオレも男だけど、別にオレは女の子になりたい人じゃないから……!!」
なんかすごい勘違いされてた!!
でもオレ、トーマ先輩以外に恋したことないから、自分が男の人しか好きになれないのかって聞かれたらそこのところはよく分からない。
でも女の子になりたいと思ったことはないし……。
「でも考えてもみろよ、のんちん! デートってのは人目も憚らずイチャイチャすることだろ? でものんちん達は男同士だからそれはこのご時世まだちょっと難しい。そこでのんちんが女の子のカッコをすれば、人目を気にせず朝比奈先輩とイチャイチャできるってことだぞ!」
「は……!」
なるほど!! 確かにそうかもしれない……!
――いや、その前に人目を憚らずにイチャイチャとかする気ないけど!?
この間の清原君騒動でもう懲りたし……。
「手ぇつないだり、腕くんだり、路チュ―だってし放題だぜ!」
「テツの意見におおむね賛成だけど、路チュ―だけはちょっと他の人に迷惑だからやめた方がいいと思うわ……」
「し、しませんよ! 人前でキスなんて!!」
でも、確かに手くらいは繋ぎたい……かも。
オレが女装してれば、全部普通にできるってこと?
あ、そもそもトーマ先輩のデート相手がオレってバレなければ、第二、第三の清原君に目を付けられることもなくなる……!?
そうか、じゃあこれは女装というより「変装」と思えばいいのか。
もしかしてテツヤ君はここまで見越して……!?
「やっぱりテツヤ君は神なのかな……?」
「? そうと決まればのんちんをもっと可愛く飾りたてちゃうぜ! 俺も姉ちゃんもコスプレイヤーだから、こういうの得意なんだよな」
何? コスプレイヤー??
「ウィッグはしなくても問題なさそうなんだけど、ピンクの髪じゃ服と合わないからやっぱり必要ね~。メイクはすっごいナチュラルでもいけそう。ていうか肌綺麗すぎない? すっぴんでこれなんてすごいわぁ希ちゃん」
「ど、どうも……」
「睫毛も長い! 付け睫毛もいらないわね」
「素材を生かす方向で行こうぜ、姉ちゃん」
「そうね、眉を整えて軽いファンデとリップだけにしましょ」
「アイライナーはこないだ買ってたピンクのやつ使いたい!」
「それいいわね! じゃあアイシャドーも軽く入れますか。あら、かっわいい~! あたし天才!!」
森姉弟はオレをお人形のように飾り立てて行く。
あまりの手際のよさに、オレは口も挟めず、ボーっとその様子を他人事のように見ていることしかできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!