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第五十五話 希、ナンパされる
思ったより早く駅に着いたけど、トーマ先輩はまだ来ていなかった。
うう……なんか、思った以上に緊張するぞ……。
オレ、本当に変じゃないかな。
みんなが褒めてくれたのは友達だからで、ホントはちょっとくらいは男に見えてるんじゃないだろうか。
スカートの下には念のために短パンを履いているけど(テレビで今日は少し風が強いという予報を見たから)下半身がスースーする。
スカートの女の子っていつもこんな心もとない服装をしているのか……。
他にもウィッグはずれてないか、グロスは塗りなおさなくていいか、色んなことが気になって仕方がない。
くるんとしたウィッグの毛先を時々指で遊びながら、オレは駅の入り口付近でトーマ先輩を待って立ちつくしていた。
待ち合わせの時間まで、あと7分くらい。
「おい、あの子……」
「モデルかな、可愛い……」
心なしか色んな人の視線を感じるけど、やっぱり変なのかな?
あ、そういえばトイレって女子トイレに入っていいんだろうか。通報されたらどうしよう……!
考えるのに疲れて、ふとロータリーを見回したら、前から見覚えのある高身長の男の人がこっちに向かって歩いてきていた。
「あ……っ」
あれって……ええぇええ!? 人違い!?
いや、でも間違いない!!
トーマ先輩は、オレ達がふざけて想像していたボロボロの世紀末ファッション──ではなく、想像もしていないくらいオシャレ上級者だった……!!
いつもぼさぼさの髪はワックスか何かでオシャレにセットされていて。
佳織さんに予想されていたトゲトゲ等(スタッズというらしい)は一切付いておらず、白Tにオーバーサイズの薄手のジャケット、下は細めの黒ストレートパンツを見事に着こなし、シンプルにめちゃくちゃスタイルがいいファッションだった……。
胸元にはチェーンのみのシルバーアクセサリーが光っててさりげなくオシャレだ。
別に凝ってないのに、めちゃくちゃかっこいいと思った。きっとトーマ先輩のスタイルが為せる技なんだろう。
これはズルい……! 普段のトーマ先輩から考えても、これはズルい!!
正面から声をかけるはずだったのに、あまりのかっこよさに見惚れてしまって声をかけられなかった。
トーマ先輩はオレに気付かなかったみたいで、オレを横切って駅の中に入ってしまった。慌てて呼びとめようとしたら――
「と、トーマせんぱぃ……」
「ねぇねぇ君一人? すっげー可愛いね!」
いきなり知らない男の人二人組に声を掛けられた。
「えっ?」
だ、誰だ? 何? この人たち。
「うっわーマジの美少女! 俺、美少女ってもんを初めて見たわ。キミ、もしかして芸能人とかやってる?」
「一人なら俺らと遊ばない? 楽しいとこいっぱい知ってるよ」
これってもしかしてナンパ……? つまりはオレが男だってバレてない?
一瞬ホッとしてしまったのを勘違いされたのか、腕を掴まれてしまった。
「うぇっ!?」
「よし、じゃあ決まりっ、名前なんていうの?」
「あっあああの、オ……私、これから人と会うので遊べません!」
「えーデートなの? そんなのすっぽかしちゃいなよ、同じ年の彼氏と遊ぶより、俺らと遊ぶ方が絶対楽しいからさぁ~」
「それに俺らみたいなイケメンじゃないと一緒に居てもつり合わないと思うよ? どうせ彼氏ダサいんでしょ?」
「ほえっ」
じ、自分でイケメンとか言う……!? 自己肯定感高っ!!
びっくりして、思わずフリーズしてしまった。
普段生徒会で綺麗&カッコイイ人達をずっと眺めているから、この人たちは着飾ってはいるけど全然普通の顔だと思う。(失礼)
あとオレの彼氏、今日は爆イケ散らかしてます。(いつもかっこいいけど)
「あの、すいませんけどホントにダメです、手を放してください」
「いいじゃん、絶対後悔させないからさぁ」
「実はまんざらでもないんでしょ? 両手にオトコで優越感に浸れるよ。なんなら今日一日女王様扱いしてあげるからさぁ」
「い、いい加減に……」
「いい加減にしねェと、馬に蹴られて死んじまうぞ~」
《ドカッッ!!》
激しく人を蹴る音がして、オレの腕を掴んでいた男性が前のめりにズザァッと倒れた。
「!?」
「な、何すんだてめぇー!? う、デカッ……」
男性の背中を蹴りとばしたのは、なんとトーマ先輩だった。
声の時点で気付いてたけど、助けにきてくれたんだ……!!
「このコの彼氏が助けに来るのを待ってたけど、登場が遅ぇから俺が代わりに成敗してやんよォ。学校外だけどな」
「はぁ!?」
もう一人が食ってかかってきたけど、トーマ先輩の長い脚で足払いをされて、その場でドスンと尻もちを着いた。
周りで見ていた人たちから嘲笑が洩れた。今のはかなりカッコ悪い。
「カノジョ、これからデートだっつってんだろォが。これ以上そのダサい服汚されたくなかったらとっとと失せろ」
「ち、ちくしょう……!」
ナンパ男たちは、蹴られたことよりも周りの視線に耐えきれなかったらしく、「覚えてろよ」と古典的な捨て台詞を言いながら去って行った。
「秒で忘れるっつの。――人並み以上に可愛いとあーいうのに絡まれっから大変だなぁ、カノジョ。彼氏は何やってんだ? ……おっと、俺が一緒に居るところ見られたらマズイからとっとと退散するぜ」
そう言って踵を返したトーマ先輩の腕に、オレはすがりついた。
「あ? 悪ィけど俺も人を待ってて――」
「オレですっ」
「へ?」
まだ気付かないんだろうか?
それはそれでショックというか……いや、変装が上手くいってるんだと喜ぶところかな……。
「トーマ先輩、オレ、希です……すいません、こんな格好で……」
「えっ……えええええ!?!?」
今まで聞いたことの無いトーマ先輩の絶叫が駅に響いた。
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