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第五十六話 希、朝比奈先輩と電車でイチャイチャする
「のっ、のっ、のっ……」
普段あれだけ呼んでるのに、オレの名前が出てこないくらい驚いているらしい……。
「ノンタンです」
「ノンタン──!? え、なんでそんなカッコしてんだ!? つーか、え、さっきナンパ野郎たちが、彼氏の登場が、」
こんなに混乱しているトーマ先輩を見れるのはすごく貴重な気がする。
「彼氏は俺……か。うわ、マジか! めちゃめちゃカッコ悪ィな俺!!」
「いや……凄くカッコよかったですよ。助けてくれてありがとうございました。オレが見知らぬ女の子だとしても嬉しいです」
ペコッと頭を下げた。
そこまで驚かなくてもいいと思うけど、でも女装するって言ってないし、デートの前に恋人がナンパされてるとか普通思わないよな……。
でも、びっくりさせたかったのも本音だ。
「あの、トーマ先輩、電車……」
「あ、ああそうだな、とりあえずホーム行くか!」
トーマ先輩はハッとして、迷いなくオレの手を握って歩き出した。
その間、周りで見ていた人がヒソヒソと話しているのが聞こえた。
でもそれはオレ達を笑うものじゃなくて――
「なんだ、やっぱり彼氏だったんだー」
「お似合いカップルだね、彼女めちゃくちゃ可愛いし」
「彼氏もワイルドでカッコ良くない? つうかスタイル良すぎ!」
「アタシもあんな風に助けられたい~、めちゃキュンってきた」
「その前にナンパされないと……」
「だねー……でもそれは嫌だわ」
やっぱりオレ、女の子にしか見えてないみたいだ。
トーマ先輩ともお似合いカップルだって言われてる! 嬉しいなぁ。
「……まぁアレだ、何でノンタンがそんなカッコしてんのかわかんねェけど」
「あ、これは一種の変装でして」
「すっげぇ似合ってるぜ。それにめちゃくちゃ可愛い」
「え」
そう言ってトーマ先輩は、オレの額に軽くチュッとキスを落とした。
「!?!?」
ひ、人前なのに! というかここ、駅のホームなのに!! されても不自然な恰好じゃないとはいえ、恥ずかしすぎる……
可愛いって言ってもらえたのは嬉しいけど。
「あ、ありがとうございます……でも、人前でキスはだめです! 目立ちたくないんで」
「だってノンタンが可愛いからァ」
「理由になってなぃ……」
「なってるなってる」
ええ……? なってるのかなぁ。
でも八重歯を見せてにかっと笑うトーマ先輩の顔を見たら、人前だってことも、男とばれないかなっていう不安さえも、どうでもよくなってきた。
乗り込んだ電車は休日のわりにはあまり混んでなくて、オレとトーマ先輩は開いてる席に並んで腰を下ろした。
座っている時もトーマ先輩の膝の上でしっかりと手を繋がれていて、ドキドキが止まらない……! 不整脈起こしそう!
あっ、ちゃんと脚は閉じてなきゃ。今のオレ、他の人から見たら女の子なんだから。
「ノンタンマジでかわいーなァ、超かわいい、ずっと見ていられる」
「あ……ありがとうございます。トーマ先輩もすごくカッコイイですよ……? その、髪とか。服装もオシャレですし、アクセとか……」
オレ、褒めの語彙力無いな……! さっきからカッコイイとオシャレしか単語が出てこない。
トーマ先輩もさっきからカワイイしか言ってないけど……。
「いや俺のこととかどーでもいいから。ところでそのメイクは自分でしたん? 服もどうしたん? もしや自前?」
「い、いいえ! 今朝クラスの友達のお姉さんに借りまして……メイクアップアーティストを目指してる人で、飾り立ててくれました」
「へえ~。じゃあ今度会ったら俺からもお礼言っといてくれるか? こんな可愛いノンタン見せてくれてありがとうございますってよ」
「え!? ……いや、あの……はい……」
学校だとあんなに恐れられているトーマ先輩の顔が、完全に緩みきっている。誰かに見られたらこっちの方がやばそうなんだけど。
もしかして、変装すべきなのはオレじゃなくてトーマ先輩だった……?
ででででも! トーマ先輩に女装は似合わないと思う!!
オレは電車の中に知り合いがいないか、目線だけを動かして周りを見てみたけど、特に知ってる顔はいなかった。(全校生徒の顔を覚えているわけじゃないから、いても分からない可能性の方が高いけど)
「ピンク髪じゃねぇノンタン新鮮、茶髪も似合ってンなァ」
「あ、ありがとうございます。あの、トーマ先輩の服も本当に素敵です! 最初見た時、モデルさんみたいでびっくりしました……」
オレだってトーマ先輩を褒めるターンがやりたいので、オレを褒めてくるトーマ先輩を遮って言った。
「あー、俺の兄貴がアパレルブランドやってんだよな。いらない服とか大量にくれるから、適当に着てみただけだぜ」
「え、じゃあ普段服とか自分で買わないんですか? い、いいなあ」
ていうか適当でこのセンスなんだ。ますますズルい……。
「ノンタンでも着れるサイズの服あったらやろうか? もちろんタダで」
「ほんとですか!? やったぁ!」
オレにこんなオシャレな服が着こなせるのかわかったもんじゃないけど――その辺はまたテツヤ君と佳織さんに協力を頼もう――貰えるものなら欲しい。
きっと周りには、タダでメンズ服を貰えると喜んでいるおかしな彼女に見えているだろうけど、まあ気にしない。
「ていうかトーマ先輩、お兄さんがいるんですね。二人兄弟ですか?」
「いや、あと妹がいるぜ」
「い、妹……!?」
それはかなり意外だった。さっき話してた友達の中でも、妹がいるのは一人もいなかったから余計に、だ。
トーマ先輩の妹……いったいどんな子だろう。
「兄貴の店、後で行ってみるか? 一応女物も置いてあるぞ」
「それは是非行ってみたいです。でもトーマ先輩、オレ別に普段からこんな服着てるわけじゃないですよ……」
「まァまァ」
冗談なのか本気なのかイマイチ分からないけど、周りの人に合わせてのトークだったのかもしれない。
「あの、さっきもチラッと言いましたけど、この格好は変装なんで。ホントは女そ……ンンッ、とかしたくなかったですけど、この格好の方がデートには都合がいいかなって思ったんです」
「ふうん?(なんで変装してんだろ)――別に俺は、いつものノンタンでも良かったけどな。でも今日のノンタンも超カワイイから、ネンイチでいいから拝みてェかな」
「そ、そうですか……」
「おう」
こういう時、いったいなんて答えるべきなんだろ……。
ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい。
女装したことでどう反応されるのか少し怖かったけど、こんなに喜んでもらえるならまた女装してもいいかな……。
いやそもそも、今自分がダサい服しか持っていないからわざわざ服を借りただけなんだけど! 変装うんぬんってのは後付けで!!
うーん、根本的な解決はしてないなー……。
「ノンタン、どーした? 何か心配事か?」
「いえ、あの、……もっと素敵になるにはどうしたらいいのかなって」
「え、それ以上可愛くなりてぇの? ノンタンは俺を殺してぇのか?」
「へ!?」
こ、殺ッ……!? なんでそんな物騒な話に!?
「それ以上素敵になったら全俺が死ぬから辞めてくれ」
「えッ? ええッ!? し、死なないでください……!!」
オレはオシャレになりたいだけなのに、そうなったらトーマ先輩が死んでしまうなんて、オレは一体どーしたらいいんだ……!!
電車で居合わせた人々の心情――。
(このカップルめちゃくちゃ見目いいけど会話が頭悪い……)
(ツッコミが不在……)
(まったく今どきの若い子は人目も憚らずにイチャイチャして……)
(彼女が男の娘とか萌える……)
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