第五十八話 希、再びナンパされる

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第五十八話 希、再びナンパされる

 カフェを出てからも、オレ達は自然に手を繋いで歩いていた。  これぞ恋人同士のデートって感じで、歩いているだけで楽しくてウキウキする。それとトーマ先輩がひたすらかっこいい。 「ノンタン、駅ビルでどっか寄りたい場所あるか?」 「あ……じゃあ、本屋さんに寄りたいです。買いたい漫画があって……」 「本屋? えーと8階だな」  近くのエレベーターに乗り込んで、八階を目指した。エレベーターの中には大きな鏡があって、横に並んだオレとトーマ先輩は二人して全然知らない人みたいに見えて、少しおかしかった。  駅ビルの八階はワンフロアが丸々本屋になっていて、いつも行く商店街の本屋との違いにオレのテンションは再び爆上がった。 「広いですね、トーマ先輩!」 「オウ、広いな。ノンタン、じっくり見たいか?」 「そうですね、30分くらい……いいですか?」 「んじゃ、俺はクルマとかバイク関係のコーナーにいるからよ、用が済んだら呼びに来てくんねェ?」 「分かりました!」  正直トーマ先輩を興味のないコーナーに引っ張り回すのは気が引けたので、その提案はとてもありがたかった。  今月はお金があんまり残ってないから、集めている漫画の新刊は二冊までしか買えないけど、チェックするだけでも楽しいし……。  オレはウキウキしながら漫画コーナーへと足を進めた。 「うっ……」  どうしよう、欲しい漫画が四冊もある……あの本、いつの間に新刊が出てたんだっていうのが数冊ある! どれにしよう……ああっ、来月になったら買えるけど今読みたい―――!  電子書籍じゃなくて、現物を買って読みたいし。(単行本集める派)  どうしよう……どうする……!? 選べ、選ぶんだ希……!! 「ね、ねえっ、君もこのマンガ好きなの? ぐふふっ……」 「――え?」  漫画の新刊コーナーでもだもだしていたら、分厚いメガネをかけた小太りのおじさんに声をかけられた。  女装してると、絡まれる確率がいつもの何倍も跳ね上がるな……。 「そ、そうですけど……」 「ぐふふ、君、すごく若くて可愛いのに話が分かる子なんだね。すごく面白いよね、このマンガ。ねえ、ちょっとあっちでお茶でも飲んで詳しく語らない? ぼ、ボクのオススメも教えるよ!」 「え、遠慮します。連れがいますので…」  無視すればいいんだけど、こんなに近くで話しかけられたらそれもできない。 なんかハアハアしてるし、スンスンしてるし、もしかして匂いを嗅がれている……? 気持ち悪っ!  早く買う漫画を選んでこの場から去りたい。えーとえーと……結局どれにしよう!? ああ――集中して選びたいのに、おじさんが邪魔っ!! 「ねぇ~、向こうに行って(漫画)愛を語ろうよぉ、ハアハア」 「あ、あっちに行ってください! 店員さん呼びますよ?」  しかし辺りを見回しても、漫画コーナーは今オレとおじさん以外は誰もいなかった。  そもそも漫画コーナーはレジから一番離れた角の場所にあるので、人目に付きにくい……うわあ、最悪だ。 「ねえ~いいでしょ? ハアハア……君みたいに可愛い子、普段漫画の話とかできる友達全然いないでしょ~? ぐふふ」 「うっ」  そ、その通りだけど……。だからって知らないおじさんと語り合うのはちょっと……いや、だいぶハードルが高い。  そもそもこの人は気持ち悪いから嫌だ!    でも、さっきの二の舞にはならない。オレだって男なんだし、こんな変態くらい一人で撃退できる……はず!  ぎゅうっと拳を握りしめた、その時。 「おい……キモデブのおっさん、俺のツレに何か用かよ?」 「ひっ!? 強面イケメンの輩登場……!!」 「トーマ先輩!」  車関係のコーナーにいるはずのトーマ先輩が何故漫画コーナーに……あっ、もしかしてもう30分経っちゃってる!? 「ハアハアと気持ち悪ィんだよ、蹴られたくなかったらとっとと失せろォ」 「ひいいぃぃ、お、お助けぇぇ!!」  トーマ先輩が淡々とそう言っただけで、おじさんは転がるように逃げて行った。 「なんか、仕草やら言動やらが漫画みてぇなおっさんだったな……」 「お待たせしてすみませんトーマ先輩! ちょっと本を選ぶのに手間どっちゃって……邪魔も入るしで……今すぐ厳選します!」 「ノンタンの欲しい漫画ってドレぇ?」 「えっと……コレとコレとアレとソレで……でも今日は手持ちが少ないから2冊だけ選ぼうと思ってて」 「ふーん。じゃあ俺が全部買ってやるよ。欲しいやつ持ってレジ行こうぜィ」 「えっ……えぇ!?」  ランチも奢ってもらったのに、その上漫画までって……ていうか彼氏に漫画を買ってもらうって、さすがにそこまで図々しく甘えられない!!  しかし、焦るオレとは対照的にトーマ先輩はこともなげに言った。 「デートだし、ノンタンの欲しいモンはなんでも買ってやりてェんだよな。女だったらアクセとか欲しがるけど、ノンタンは別に興味ねェだろ? で、今欲しいモノがソレなら俺に買わせてくれ」 「でもそんな! 漫画って!」  自分で言うのもなんだけど、色気がなさすぎるというか……!!(特に興味はないけどアクセで良かった気がする希) 「いーっていーって。バイト代をノンタンのために使えるのが嬉しーんだからよ、俺は。あ、アクセ欲しい?」 「あ、いや、漫画の方が……」  クソ正直な自分が憎いっ……! 「じゃあアクセは次のデートでな」 「は、はいっ! あの、本当にありがとうございます……!」  トーマ先輩は、オレが言った漫画を全部一冊ずつ手に取ると、スマートにレジに向かった。  ホントにいいのかな……? これもまた帰ったらすずに聞こう。ダメな行動だったらお金を返さないと。来月まで待っててもらえるだろうか……。 「ところでノンタン、その漫画面白ぇの? 俺昔はよく読んでたけど最近は全然でよ、だからおススメあったら貸してくれねェ?」 「え!! それはあの、大歓迎です……! じゃあ今日寮に帰ったらオレのおススメのやつ貸しますね、既刊も実家から持ってきてるんで。わあ、トーマ先輩が読んでくれるなんて嬉しいです……」 「お、そんなに?」  オレの反応に気を良くしてくれたのか、トーマ先輩は少し嬉しそうだ。 「ハイ、――さっきのおじさんに漫画語る友達いないだろって言われたとき、ちょっと図星でグサっときたんです……あ、でもだからってあのおじさんと語りたいなんて思わなかったですよ!?」」  あのおじさんとは嫌だけど、トーマ先輩と漫画語りできるならこんなに嬉しいことはない。  もっとも感想や考察なんかはネット検索すれば山のように出てくるから、それを読めばそれなりに満足はできるのだけど。 「マジか。そんな斜めからの方面であんなオッサンからマウント取られるとは思わなかったわ……」 「マウント?」  トーマ先輩がマウント取られるようなこと、あったかな?  よく分からなかったけど、トーマ先輩は悔しそうに頭を抱えている。別に漫画が好きなのは昔からオレの趣味なんだし、そこは別に張り合わなくてもいい気がするんだけど……。  う、嬉しいけど。
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