如月 新月 鬼の食べ物

2/6
前へ
/89ページ
次へ
 前回、結界内に呼ばれた満月の夜に、送還直前に彼に勧められた通り、私は今回、自分の飲み物と食べ物を、持参していた。  次の召喚が新月の夜、と分かっていたからこそできた準備だ。  自慢じゃないが、私にはお弁当を作るような才覚はない。  とりあえず、ペットボトルのお茶と水、コンビニおにぎりを持参してみた。  それから、スナック菓子とチョコレート菓子とグミ。これは、クサブキさんへのお土産だ。  完全に小学生の遠足のノリだが、気にしないことにした。 「……あまり、このようなものは、喫した覚えがないな」  グミにおっかなびっくり手を出し、つまんではびくっとして手放す様子に、私は思わず笑ってしまう。 「……これは、水菓子の味が、そのままだな」    やっとのことで口に入れ、しばらくすると、心底感嘆した様子の声で彼はつぶやいた。 「あなたの世界には、私の知らない事柄が、数多(あまた)あるようだ」  あまりに素直な反応に、私はうれしくなりポテチを勧める。 「……随分と、薄弱な煎餅だな」  これは、お気に召さなかったようだ。  チョコレートは、だいぶ冒険かな。鬼は虫歯とか、なるんだろうか。  寿命長そうだし、歯が無くなっちゃったら、大変そうだよな……  若干悩む私の手元から、彼はひょいと、アーモンドチョコをつまみ上げて口に放り込んだ。 「……これは、いみじ」  カッと目を見開いて、彼が抑えた声で言う。  古文で『いみじ』って、何だったっけ。私はぼんやりと思う。  もう一つ、口に放り込む様子を見て、安心する。お気に召したようだ。  この食べ物の名前を教えてくれとせがまれたが、彼が『チョコレート』と発音できるようになるまで、大分かかった。  相変わらずだ。  おにぎりに関しては、彼の反応はごく普通だった。 「あなたの世界でも、米を食するのですね」  突然クールな面持ちに戻って、彼は言う。    観察の結果としては、平安人男性の味覚は、現代の小学生男子と大差ないというところで、私の結論は落ち着いた。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加