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クサブキさんが『気の乗らない手』と言ったのは、先ほど説明された禁術の使い手に、動物たちの餌を貢がせる、ということらしい。
「一応、私から、『お告げ』という形で、外界のムラびとたちに意志を伝えることは、できるのですよ。ただし、私の要望をかなえた者には、必ず『報い』をせねばならないので、あまり行いたくはないのですが」
彼は憂鬱そうに、ペンギンを見やる。
ペンギンは今、私が持ってきた魚肉ソーセージをがっついている。
多分、絶対、身体には良くないだろうが、餓死させるわけにはいかない。
苦肉の応急措置だ。
ところで、私にはもう一つ、気になることがあった。
「あの、クサブキさん。先ほど、1年前から疫病が、とおっしゃっていましたが……」
「そうですね。大陸より渡来してきた、肺病だと聞いていますが」
……いやこれ、もしかして、もしかしなくても、……コロナでしょ。
私は、興奮で息が早くなるのを抑えきれずに、彼に尋ねる。
「あの、クサブキさん。最近の、天皇陛下……帝について、何かご存じですか」
「帝?」
彼は軽く首をかしげる。
「詳しくは、存じませんが。二年前の春頃は、先帝が譲位された寿ぎの儀式にて、だいぶ大量に、供物があったものでした」
決まりだ。
私は興奮の高まりを抑えきれずに胸元で手を握り、クサブキさんの顔をじっと見つめる。
「あなたの世界と、ここが、同じ世界だと」
面食らったようにクサブキさんは目を瞬く。
「少なくとも、最近の疫病と、帝の譲位、その出来事は、私の世界と、一致しています」
「……言われてみれば、あなたの来られる夜の、月の満ち欠けが、双方とも全く同じであることは確かだが」
彼の瞳が白い夜空を見上げる。
「……しかし、そうなると」
なぜか浮かない顔で、彼は虚空をにらみ考え込む。
しばらくそのままの姿勢でいた後、彼は私を振り向いた。
「あなたのお見立ては諒解した。……確かめる、方法について、私に考えがある」
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