如月 新月 鬼の食べ物

5/6
前へ
/89ページ
次へ
 クサブキさんが『気の乗らない手』と言ったのは、先ほど説明された禁術の使い手に、動物たちの餌を貢がせる、ということらしい。 「一応、私から、『お告げ』という形で、外界のムラびとたちに意志を伝えることは、できるのですよ。ただし、私の要望をかなえた者には、必ず『報い』をせねばならないので、あまり行いたくはないのですが」  彼は憂鬱そうに、ペンギンを見やる。  ペンギンは今、私が持ってきた魚肉ソーセージをがっついている。  多分、絶対、身体には良くないだろうが、餓死させるわけにはいかない。  苦肉の応急措置だ。  ところで、私にはもう一つ、気になることがあった。 「あの、クサブキさん。先ほど、1年前から疫病が、とおっしゃっていましたが……」 「そうですね。大陸より渡来してきた、肺病だと聞いていますが」  ……いやこれ、もしかして、もしかしなくても、……コロナでしょ。  私は、興奮で息が早くなるのを抑えきれずに、彼に尋ねる。 「あの、クサブキさん。最近の、天皇陛下……(みかど)について、何かご存じですか」 「(みかど)?」  彼は軽く首をかしげる。 「詳しくは、存じませんが。二年(ふたとせ)前の春頃は、先帝が譲位された寿(ことほ)ぎの儀式にて、だいぶ大量に、供物があったものでした」  決まりだ。  私は興奮の高まりを抑えきれずに胸元で手を握り、クサブキさんの顔をじっと見つめる。 「あなたの世界と、ここが、同じ世界だと」  面食らったようにクサブキさんは目を瞬く。 「少なくとも、最近の疫病と、帝の譲位、その出来事は、私の世界と、一致しています」 「……言われてみれば、あなたの来られる夜の、月の満ち欠けが、双方とも全く同じであることは確かだが」  彼の瞳が白い夜空を見上げる。 「……しかし、そうなると」  なぜか浮かない顔で、彼は虚空をにらみ考え込む。  しばらくそのままの姿勢でいた後、彼は私を振り向いた。 「あなたのお見立ては諒解した。……確かめる、方法について、私に考えがある」
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加