如月 新月 鬼の食べ物

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『たしかめねがう』  手にした紙には、確かにその文字が浮かんでいた。  やがて目の前で、ゆっくりと、その文字は崩れはじめ、煙のように消え去っていく。  残ったのは、ただの白い和紙。見た目はいわゆる、懐紙だ。    本当にすごい。というか、信じられない。    鬼のいる結界に転移させられたり、アルパカだのカピバラだのが突然現れたり、訳の分からない経験はたくさんしているはずなのに、いまだに何かにびっくりできる自分にも、びっくりする。  今、私は、現代日本の自宅にいる。  今日は、新月の翌日。出ていた月は、二日月、というらしい。もうとっくに、沈んでしまったが。  今は真夜中過ぎ。私は、ベッドの中にライトを持ち込んで、クサブキさんから渡された紙を確認していた。 「もしも、我々双方の世界が、同じ時の中にあるのならば、これを使って確かめることができる」  昨晩、クサブキさんがそう言って私に取り出して見せたのが、この小さな紙切れと、筆だった。 「これは、私が人であった頃に、生業(なりわい)で使っていた道具です。私はいわゆる術使いで……簡単に申し上げれば、今行っている術の類は、人であった頃から行えたのです」 「はあ」  さりげなく、驚愕の事実が明かされる。  一時流行った、陰陽師、とかいうやつだろうか。カエルを潰すとか、おとぎ話だと思っていた。 「これは、私の()による道具ではないのですが、……まあそれは良しとして。異なる場所にいる相手に、文字により案内(あない)を送ることができる、道具です」  クサブキさんが、私に紙きれを持たせた。彼が筆で空中に文字を書くと、手元の小さな紙切れに、写し取ったように文字が現れる。  紙には、『あまね』と書かれている。 「お読みになれますか」  少し心配そうに、クサブキさんが私に尋ねた。 「……はい。私の、名前ですね」  かろうじて読めるが、だいぶ達筆だ。 「良かった。女手は、大きく変わりないと思うのですが、私の男手は、だいぶ、あなたには読みにくかろうと思います。女手でお書きすることにいたします」  その時、手にした紙の文字がすうと消えた。 「この紙を開くと、ほどなく文字は消えてなくなります」  驚いて紙を裏返している私に、クサブキさんが静かに告げる。 「同じ時間(とき)にいるのであれば、あなたの手元には、私の文字が届くでしょう。明日より、折を見て、あなたに文字をお送りいたします。次の満月まで、毎晩、紙を開いてみてください」
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