弥生 新月 人の住処

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弥生 新月 人の住処

「……これは、すごいですね」  私は、目の前の光景に、しばし絶句する。 「お気に、召しませんか」  クサブキさんの、少し不安そうな声が、背中越しに聞こえる。  ナマケモノ騒ぎから2週間の新月の夜。私は、結界の中で初めて、畳を踏んでいた。 「いや、気に入らない、とかではないんですけれど……」  目の前には、クサブキさんが私のために用意してくれたという、部屋が広がっている。  見事な、寝殿造りの一室だ。  まあ、彼が家を造れば、そうなるよな。私は深く納得する。  それにしても。  私が持っている平安貴族の屋敷のイメージ通り、広々とした部屋には、一段高い畳と、脇息(きょうそく)。背後には見事な絵が描かれた屏風。そして、天井からは御簾(みす)が下がっている。  私とクサブキさんが、御簾(みす)越しに会話するのだろうか。  つい、笑いがこみ上げる。   「とても、素敵なんですけど……私には、過分かなと」 「そのような」  若干落ち込んだ、クサブキさんの声。私は申し訳ない気持ちになる。   「お気持ちは、とってもありがたいです。……何というか、立派すぎて、落ち着かないだけで」  そうだ。私は思いつく。 「クサブキさん、私が落ち着くお部屋も、作ってください。……今、ご説明します」
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