弥生 満月 ありあけの

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「やっぱり、この組み合わせよね」    私は、大満足でコタツで伸びをする。こたつにみかん。どうしてこうも、絶妙な組み合わせなのだろう。  隣のクサブキさんは、何も言わずに目を細める。  徳利(とっくり)を傾けられ、私は慌てて杯で受ける。  どうせなら、コタツで月見酒をしよう。私は、結界に日本酒を持ち込んでいた。 「……これは、諸白(もろはく)かな」  瓶に入った日本酒をためすがめつして、香りを嗅いでから、クサブキさんはつぶやいた。 「酒自体も、ここへ封じられて以来だが、諸白となると、喫したのも数えるほどだ。ありがたし」  あまり意味が分からなかったが、話を聞くと、どうやら、彼の時代のお酒と言えば、濁り酒が主だったらしい。私が持ち込んだような、清酒は、貴重なものだったようだ。  ちなみに、肴として持ち込んだ柿の種は、もちろん、大好評だった。  前回作ってもらった10畳の部屋は、縁側に面していて、(しとみ)を開け放つと、広々とした庭の池の上に、ぽっかりと浮かぶ月が見える。  あまりにお庭が立派すぎて、月見でもしないと勿体ない。  私たちは、ほろ酔いで、見事に丸く輝く満月を眺める。 「 “ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし” 」  ふいに、クサブキさんの口から、和歌が漏れ出た。  私には、古典の教養がなさすぎて、歌の意味は、よく分からない。  ただ、彼がじっと私を見つめているのを、横顔で感じる。 「クサブキさん……」  沈黙に耐えられず、つぶやいた私の声を遮るように、柔らかい声が響いた。 「……アマネ殿。私は、あなたを、お慕いしています」  わたしはもう、月を見ているふりもできずに、うつむいてこたつの上のミカンの皮を眺める。  自分の鼓動が早くなっているのも、顔が赤くなっているのも分かっている。  でもそれが、どんな感情のせいなのか、そして、それは自分に許されるものなのか、私には分からなかった。 「クサブキさん……。私は、ただの人間では、ないのです」  クサブキさんが軽く息を飲むのが分かった。 「私は、どうしても、戻り果たさなくてはならない務めがあるのです。私は、私だけのものでは、ないのです」 「……何となくは、分かっていました」  クサブキさんの声はあまりに寂し気で、私の胸は抉られる。 「それでも、私はあなたに、私の想いをお伝えしたかったのです。……たとえ、受け入れていただけなくても」  ただ、お会いできるだけで、良いのです。次の新月も、私と会っていただけるでしょうか。  彼の問いに、私はうつむいたまま、黙ってうなずく。  3月の満月は、いつの間にかおぼろ月になっていた。
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