卯月 新月 青光の景

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 地表が近づき、彼に抱えられ下を見下ろす姿勢になった瞬間、私は息を飲んだ。  そこは、海岸だった。  浜辺が、無数の青白い光で埋め尽くされている。  まるで波そのものが光っているようだ。  私は呆然とその光景を眺める。  クサブキさんはゆっくりと降下を続け、やがて静かに私を海岸へ降ろした。 「……そのままでは、濡れますよ」  夢中で波打ち際へ歩きかける私に、彼が声をかける。  私は、その場で立ち尽くして、その圧倒的な光の光景を眺める。 「ホタルイカの、身投げです。この時期の、新月の夜に、起こりやすいと言われています。……それにしても、今宵は見事だ」  クサブキさんの言葉も、半分も頭に入らない。  また歩き出そうとする私の手を、彼が慌ててつかんだ。  つかまれた左手に意識が合った瞬間、突然、周りの光景がはじけた。  青い光が、先ほどの比ではなく輝き、きらきらと熱を帯びて、私に迫る。 「お連れ、しましょう」  笑みを含んだ声で、クサブキさんは言い、私の手を握ったまま、ごくごく低空を、なめるように飛んでくれる。  青白く光る波が、幾重にも重なり足元を過ぎる。  あまりに美しい光景に、私はぼんやりと考える。   私は、何かの術を使われているのだろうか。  本能が、そうではないと告げている。    あの、爆発するように輝いた世界。  この人と、手をつないだら。  私の周りの光景は、突然、何割増しにも、輝き始めたのだ。  それが何を意味するのか、さすがの私にも、もう分かっていた。 * 「結界破り……まるで、牢破りのようなおっしゃりようだ」  日本海の海岸(!)での、ホタルイカの身投げを見物しての帰り道、私を抱えてゆっくりと飛びながら、クサブキさんは悪戯っぽく笑う。  結界に戻らなければ、夜明けとともに、私の身体に、何が起こるか分からない。そのため、結局、戻ることになったのだ。 「確かに、あの結界に封じられてはおりましたが、それは別に、出られない、というわけではありませんで。あえて出なかった、というのが正しいのです」  新月の夜は真っ暗で、一体どこを飛んでいるのか、私には皆目わからない。 「犯した罪を(あがな)うために、あの中で朽ちていくのが、私の宿命であろうと、心を定めていたのですが。千の(とせ)(また)いだとなれば、そろそろ(ゆる)しを得ても、良いのではないかと思いまして」  まあ、あなたにあの海を見せたかったというのが本音なのですが。  影のない笑い声が響く。 「もしも、今宵私のしたことが罪となるならば、早晩、天罰が下ることでしょう」
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