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「アマネ殿、……なぜにそのように固くなっておいでです」
クサブキさんは、首をかしげて私の顔をのぞき込む。
(……近い……)
近いというか、ほぼ距離が、無いに等しい。
クサブキさんの息が、私の首筋にかかる。
今日はゆっくり、お月見をしよう。
そういわれたので、もちろん私は、こたつで並んでお庭を鑑賞すると思っていたのだ。
ところが、縁側に出た方が良く見える、と連れ出され、寒くありませんか、と上着をかけられ、気がつくと、柱にもたれて座るクサブキさんに、私は後ろから抱き込まれる格好になっている。
月の光が、フィルターがかかったようにキラキラと見える。
そんな自分が恥ずかしい。
「本当に、あなたは、清新な方だ」
クサブキさんは優しく微笑んで、私の髪をなでる。
もう少女とはとても言えない女に対して、これは誉め言葉なのだろうか。
押されっぱなしの私は、くっついている背中とか、息のかかる首筋とか、ほとんどじっと私を見つめているらしい甘い視線とかから何とか意識を逸らそうと、余計なことを考える。
「……酒を、召されますか」
パチリ、と指が鳴らされ、私たちの傍らに、お盆に乗った徳利と盃が現れる。
飲むしかない。
ぐい、と盃をあおった私の唇を、彼の指がぬぐう。それをぺろりと舐めながら私を見つめる姿に、くらりとする。
「クサブキさん……もう少し、お手柔らかにお願いします」
とうとう、私は音を上げた。
彼は首を傾げながら、くすくすと笑っている。
からかわれていたらしい。
「……これほど美しい月は、いつぶりかな」
彼は目を細めて夜空を見上げる。
「朝が来るのが、恨めしいな」
それは私も、同じ気持ちだった。
私たちは黙って、潤んだ春の月を眺め続ける。
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