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皐月 新月 端午の節句
「菖蒲湯」
クサブキさんは首をかしげる。
「私には、なじみのないものですね」
5月の新月の夜。端午の節句は過ぎてしまったが、せっかくなので二人で何かしたいと思い、私は結界に菖蒲の葉を持ち込んでいた。
「端午の節句と言えば、薬玉を贈りあったり、したものですが」
「くすだま」
私の頭の中に、ひもを引っ張るとパカンと開き、おめでとうございます、と垂れ幕と紙吹雪が飛び出す球体が浮かぶ。
「麝香やらの香を入れた袋に菖蒲や蓬をあしらい、五色の糸を垂らしたものですが……」
そこまで言って、クサブキさんはくすくすと笑う。
「それにしてもアマネ殿、私が鬼と知っての仕打ちですか。端午の節句は、邪を祓うものでしょう」
そういわれれば、その通りだ。
私は慌てて菖蒲をクサブキさんから遠ざける。
「大丈夫ですよ」
クサブキさんはくすくすと笑い続けている。
「他の妖に対してはどうかは存じませんが、私には、まじないの類は効きません」
菖蒲の葉を手に取り、香りを楽しむように目を細める。
そうなのだ。この人の生活スタイルも行動も、人間として違和感があまりにもないので、私は時々、彼が鬼であることを忘れそうになる。角ですら見慣れて存在を無視してしまうとは、自分の順応性が恐ろしくなる。
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