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皐月 満月 スーパームーン
『つぎのまんげつ そとへいずるつもりなり みじたく ねがう』
今年の5月の満月は、「スーパームーン皆既月食」が見られるらしい。
少し前に、クサブキさんにはそんな話をしていた。彼は何か考えている様子だったが、再度の結界破りを決行することにしたらしい。
前回の逢瀬で、彼が結界内に留まっている理由を聞かされた私は、少し不安になる。
こんなに度々外に出てしまって、その、昔の同僚たちに見つかったりしないのだろうか。
でも、前回、結界を出た時の彼のテンションを考えると、止めても無駄なような気がする。
「月の蝕は、終わってしまったようです」
出迎えてくれたクサブキさんのテンションが意外と低かったので、どうしたのかと思ったら、そういうことだった。
今回の月食は、月の出から夜の10時ごろまで、だったらしい。
しょんぼりしている様子に、胸が痛む。どちらかというと、私の調査不足だったのに。
「クサブキさん。私、一緒に見に行きたいものがあるんです」
私はクサブキさんの手を取る。
*
「……夜の海は、不思議ですね」
クサブキさんに手を取られて、海沿いをゆっくりと飛びながら、私はつぶやく。
「何ででしょう、ものすごく、怖いです」
クサブキさんは黙って、少し強く私の手を握る。
結界を抜けて、アジサイで有名な海沿いの街に来ていたが、少し時期が早かったようだ。ぽつぽつと咲いている株もあったが、私が憧れていた光景は見られなかった。
それでも、クサブキさんと飛ぶ夜の空は気持ちがいい。
「……雲の上に行きましょう。『すーぱーむーん』が、見られるでしょう」
クサブキさんが私を抱きかかえ、上昇を始める。
空気が薄くなることを考えてか、ゆっくりと飛んでくれているようだ。
しばらくして雲の中に入り、私には方向感覚も分からなくなる。
雲を抜けた先には、息を飲むような光景が広がっていた。
眼下に雲が海のように広がり、その上に、ぽっかりと月が浮かんでいる。
普段よりも大きいというそれは、眼前に正面から迫り、冴えた光を放っている。
「……きれい」
思わず、私はつぶやく。
「壁越しでない月は、何年ぶりかな」
クサブキさんのつぶやき。
そのまましばらく、私たちは黙って、その壮麗な眺めを堪能する。
少し、強い風が吹いていた。私の髪が、弄ばれるように舞い上がる。
「アマネ殿、寒くはないですか」
私を横抱きにしていたクサブキさんが、私の顔をのぞき込む。
月明かりに浮かび上がるその美しい面差しに、私は思わず見惚れる。
クサブキさんの瞳が、微かに細まる。
わずかにひそめられた眉。少し苦し気なその表情に、私の胸も苦しくなる。
やがてゆっくりと、彼の瞳が近づいてくる。
私は目を閉じ、彼の優しい唇が、初めて私に触れるのを感じていた。
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