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「金ちゃーん」
呪いの力とは良くしたもので、俺の前に不意に現れたその顔を見たとたん、俺は前世の記憶を一瞬で思い出した。
「貞光」
俺の前に、空中で上下さかさまに胡坐をかいた状態で現れた人物は、にやりと笑った。
「さっすが、話が早いや。綱はまだ、子供でさ。今は思い出させられないって、アベさんが言うもんだから。金ちゃんが最初の声かけなんだけどさ……」
ふい、と起き直った小柄な男、「頼光四天王」の一角、碓氷貞光は、1000年前と全く変わらない外見だった。宙に浮いているところを見ると、これは、霊体なのだろう。
「金ちゃんは、生まれ変わりなんだね。何回目なのかな」
「……分からんな」
現世で受けた教育から、今の時代が、かつての記憶のある平安時代から遠く隔たっていることは分かっていた。ただし、その間数十回はあったであろう転生の人生で、これまで俺は、前世の記憶を思い出したことはなかった。その時代に普通に生きて、普通に死んだ、はずだ。
「これだけの時を経て安倍殿から声がかかるとは、何があった」
「んー……、俺も召喚されたばかりで、まだきちんとは聞いてないんだけど、どうやら、酒呑童子の、首が、見つかったらしい」
「何だと」
俺は自分の声が上ずるのが分かった。前世、すんでのところで取り逃がし、その後一生をかけ探し続けたが手掛かりひとつ見つけられなかった宿敵。自分たちが不死の呪いを受けた元凶、茨木童子。それにつながる一番有力な材料が、宿敵の盟友、酒呑童子だった。
「この前の大地震をきっかけに、アベさんが見つけたらしい。封印が解けたとか、そんなんなのかな。……とりあえず、残りの2人に、会いに行こうぜ」
俺が頷くと、貞光はその小柄な見た目にそぐわない握力で俺の左手首を握り、いきなり上空へと舞い上がった。
「おまっ。引っ張る前に、声くらいかけろ! 肩が抜ける」
あわてて俺は怒鳴る。記憶はなくとも魂の好みは変わらないのか、現世での俺も格闘技で鍛えており、肩周りの筋肉も自信はあった。しかしそれにしても、この体重を甘く見てもらっては困る。
「あ、わりいわりい。……やっぱ、連係プレーはちょっと修業しなおさないと難しそうだな」
ひょい、と俺を空中でファイヤーマンズキャリーに担ぎ上げ、貞光はつぶやく。
屈辱的な姿勢だが、ケガをするよりはましだ。
俺は身を任せて久しぶりの高度を楽しみながら、現世の俺たちのこれからに思いをはせる。
これまでの1000年の人生とは違い、今回の人生が平々凡々とは行かなくなったことだけは、明らかだった。
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