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俺の前に座っているのは、幼さを残した少女だった。その華奢な肩は、痛々しいほど強張っている。
……どうしたもんか。俺は、その前で若干、途方に暮れていた。
「大変、だったね」
とりあえず言葉をかけると、彼女はびくりと飛び上がる。
俺は現世の職業(中学校の体育教師)で身に着けた女の子への対処法で、柔らかい声で言葉をつなぐ。
「初対面の人間と暮らすなんて、やっぱり、嫌かな」
彼女はうつむいたままだ。
まあ、そりゃそうだよな。俺はため息をつく。
あの地震の日、彼女は日本の西の街で、家族と乗っていた車で、交通事故に巻き込まれた。彼女以外の家族は全員、命を落としたが、彼女だけは、奇跡的に無傷で生き残った。
それが、偶然の幸運などではなかったことは、彼女は知らない。俺たちだけが、知っていればよいことだった。
陰陽師の指示で、俺は彼女の遠縁のおじさん、という立ち位置で、彼女を引き取り養育する手はずになっていた。周囲の環境は整えておく、との言葉通り、ほとんどの手続きは滞りなく済んだのだが。
(13歳。ただでさえ難しい年ごろだぜ。いくら俺が中学教師だからって、いきなり見ず知らずの女の子の保護者になって、身辺警護とか、ハードル高すぎだろ……)
彼女自身の心をいじるわけにはいかない。なんせ、この子の身体には、酒呑童子の魂が封じられているのだ。そして、そのことに彼女自身は無自覚。どんなきっかけで、何が起こる可能性があるのか。まだ、俺たちにも完全には分かってはいない。
「もし、施設の方が安心なら、それを選んでくれても構わないよ。ただ、俺も時々、会いに行かせてほしい」
13歳の少女に、酷な選択を迫っている。自覚はあったが、背に腹は代えられなかった。もし彼女が施設を選ぶなら、俺たちは陰ながら、彼女に張り付いて見守るより他ない。
俺の言葉に、彼女のうつむいた顔が上がった。その瞳に、俺はどきりとする。
「いいえ。お申し出を、ありがたくお受けいたします。これから、大変なお手間をおかけいたしますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。……時夫さん」
さすが、巫女に選ばれるだけはある。中学生とは思えないその言葉や、決然とした瞳の光を見て、俺は内心舌を巻いていた。
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