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「申し訳ないが、彼女のことを、気にかけてやってくれ。頼む」
俺は、目の前の少年に頭を下げる。
中学校の保健室。目の前には、13にしては鍛えられた体躯をした、目元の涼しい少年がいる。現世での名を渡辺源。本人には、まだその自覚はないが、「頼光四天王」筆頭、渡辺綱の生まれ変わりだ。
どこをどうやったのかは知らないが、陰陽師の差し金で、俺は、彼の通う私立中学校に体育教師としてもぐりこんでいた。そして、俺と俺の引き取った少女、薫子は、彼とその家族が住まうマンションの隣の部屋に引っ越し、薫子は、彼と同じ中学校に編入していた。
「薫子ちゃんは、いきなり家族と別れて一人ぼっちになって、不慣れな東京に引っ越してきたんだ。俺も、保護者として、見守りたいとは思うけど、どうしても限界がある。源君に頼むのも筋が違うかもしれないけれど、君は、学級委員でもあるし、ご近所のよしみもあるし」
「分かりました」
源君は静かに答える。現世での彼は、卓越した身体能力と、そこそこの学業成績で、学年でも随一の人気を誇っている好男子だ。言葉数は少ないが、周囲からの信頼も厚く、決断力やリーダーシップもある。総じて、中1とは思えない大人びた少年だった。
俺には、彼の身体を育てるという任務も課されているが、そこは苦労しないで済みそうだった。もともと、体を動かすことが好きらしく、小さいころから空手を習っているとも聞いている。剣道を通して、少々剣術の手ほどきをして、うまく体を造れれば、十分だろう。
それから源君は言葉の通り、薫子ちゃんを陰に陽に手助けしてくれた。源君の両親は社会的地位が高く多忙な職に就いており、彼はそれまで、真夜中まで一人で過ごすことが多かったようだった。俺の家で源君と薫子ちゃんの二人が一緒に宿題をし、3人で夕食の食卓を囲むようになるまで、そう時間はかからなかった。
俺から見ても、二人は徐々に、兄弟のような、いや、それ以上の絆でつながれていった。言葉数の少ない源君の心の内を、薫子ちゃんは苦もなく理解することができるようだった。そして、薫子ちゃんの中の癒しようのない孤独がふいに彼女を襲うとき、源君はいつも、静かに彼女を支えていた。
いつ、源君に生まれ変わりの件を伝えるべきか。俺は真剣に悩み始めていた。それは二人の関係に決定的な変化をもたらすだろう。特に、源君があの生真面目な渡辺綱の生まれ変わりであるならば。
二人を早めに引き合わせたのは、当初、その方が事がスムーズに進むであろうという判断からだった。だが、自分たちは、知らずにひどく残酷なやり方で、彼らを警護していたのではないだろうか。夕食の後、並んでTVを見ている二人の背中を眺め、俺は思う。
源君の中学卒業と同時に、彼に事実を伝える。四天王の3人と陰陽師とで、そう決めた夜、俺はなかなか眠れなかった。
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