弓の男

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 (くさぶき)が鬼に変わってしまったとき、俺と金時(きんとき)には、選択肢が示された。即刻の死か、責務を負っての不死か。  四天王筆頭の渡辺綱(わたなべのつな)、そして(くさぶき)を直接(たばか)った碓氷貞光(うすいさだみつ)は、否応なく「不死の盟約」を結ばされることになるが、「頼光四天王」でも、大江山の(あやかし)討伐での策謀に直接は関わっていなかった俺たちは、やや、罪が軽いとの判断らしかった。  俺も金時も、もちろん即座に、「不死の盟約」を選択した。貞光(さだみつ)が、仲間をだます役割を、進んで引き受けたとは思えなかった。ただ、あいつが一番器用だったから、その役割に選ばれただけの話だ。そのあいつだけを、不死の地獄へ送ることなど、できるわけがなかった。  空気を読まない、に話を戻そう。  俺の神通力の一つに、人の心の声を聞ける、というものがある。ちなみに、リアルの世界で、これまで誰にも、この力のことを明かしたことはない。もしも他人にばれれば、良くて距離を置かれる、最悪は幽閉か殺処分だろう。  油断をすると、こちらの意志に関係なく、声の聞こえる範囲の人物の心の声が聞こえてくる。はっきりいって、この能力は、迷惑だ。何とか役立てようと、現世で俺は税務調査官という仕事についているが、後悔することも良くある。  俺は、(あやかし)狩りを始めた当初から、仲間たちの心の声だけは、絶対に聞かないと決めていた。  ただ、それを強く意識すると、口から発せられる声に対しても、特に感情面で意識を集中しにくくなる。ということで、俺は、(あやかし)狩りの仲間たちと過ごすとき、話のニュアンスを理解しきれず、場にそぐわない端的な発言をしたりなんだり、してしまうわけなのだ。  ちなみに戦闘中だけは、全てのチャンネルをオープンにせざるを得ないが、有難いことに、武道の達人である彼らは、戦闘中に雑念にかられるということがまずない。心の声に煩わされることは、全くと言ってよいほどなかった。
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