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「頼光四天王」の筆頭、渡辺綱の生まれ変わりに、その事実を知らせる場には、四天王の残りの3人と、安倍吉昌が揃うことになった。
金時は、親代わりくらいの勢いで綱の生まれ変わりと接触していたし、彼を通じて、俺もちょくちょく、様子を見に行っていた。生まれ変わり同士が接触しても、記憶の覚醒は起こらない。それは、実体験から明らかだった。
おそらく、貞光か安倍吉昌が綱の前に姿を現わせば、たちどころに彼は記憶を取り戻すだろう。本来は、その場に金時と俺は必要ないはずだったが、同席は、金時のたっての希望だった。
俺たちには、15歳にもなる人間に前世を思い出させることが、それほど大ごととは思えなかったが、金時には思うところがあるらしかった。
金時が運営する剣道場の稽古場に呼び出された青年は、そこに居たのが予想外の人数だったのだろう、入り口でいったん立ち止まり、それから静かに足を踏み入れた。
板の間に居並ぶ4人の男の前に、静かに青年が座る。彼が思い出しているのかいないのか、その表情からは、窺い知ることはできなかった。
「……久しいな、綱」
陰陽師、安倍吉昌の声。青年の瞳がまっすぐに彼を射る。
「吉昌」
青年の穏やかな声に、俺たちは全員息をつく。
「貞光は霊体か。金時、季武……皆、息災そうだ。ふさわしい器だな。……それにしても、金時。3年も、俺を待ってくれていたのか」
青年の言葉に、俺の隣の金時は、ポリポリと頭をかく。
「まあ、な。現世での自我が確立してないと、後々苦労するかもしれん、という安倍殿の判断だ。……黙ってたのは、悪かった」
「……いや」
そこで初めて、綱は微かに顔をしかめて目を伏せた。前世の彼では、見たことのない仕草だった。
「……薫子は、どんな、役回りなんだ」
その声音を聞いたとき、俺は、金時が危惧していたことが分かった気がした。
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