61人が本棚に入れています
本棚に追加
予想に反し、それからしばらく、茨木童子の動向は全く途絶えた。
次に奴の気配が現れたのは、5月の満月の夜だった。
「クソッ」
渡辺綱が、らしくない言葉を吐く。
前回、気配を察知した場所を勘案し、俺たちは、夜間の合同修行場所を、日本海寄りに移していた。ところが、今回奴が現れたのは、全く真逆の方向、関東の太平洋沿岸だった。
今回は、俺は大まかな気配の位置を貞光に伝え、彼だけを先行させた。貞光は、可視化できる程度に対象に近づければ、邪気を見てとることができる。うまくポイントが合えば、茨木童子を捉えることができるかもしれなかった。
1対1で、貞光が茨木童子と渡りあえるかは未知数だったが、相手は妖だがこちらも霊体だ。他の仲間が合流するまで、捨て身で攻撃すれば、奴を留まらせることができるかもしれなかった。
かなり賭けの要素のある追跡劇だったが、結果は、失敗に終わった。
2度のニアミスにより、俺たちは、1000年の膠着状態を経て、事態が急速に変化しつつあることを認めざるを得なかった。
未だに旧暦で日付を確認する癖の抜けない俺たちには、茨木童子の行動の法則性は、すぐに分かった。直接の接触は、迫っている。それは、俺たちが茨木童子を捉えたと同時に、俺たち自身が、自身の宿命に捉われたことを意味した。これから先、誰がいつ、どのように現世から、あるいは、永遠にこの世から退散することになるのか、それはもう、未知数だった。
残されたものが、するべきことを成す。俺たちは、酒呑童子の首を封じられた巫女である薫子さんに、全ての真実を話すことを決めた。
その夜のことを、俺は一生、忘れられないと思う。
彼女と俺たちとの10年の日々、見方によっては、それらすべてがまやかしの上に成り立っていた、その事実を告げた時、彼女の口から出たのは、俺たちへの労わりの言葉だった。
彼女と関わっていた3人の男ども――金時、綱、そして俺――は、それぞれ違う形ではあったにせよ、否定しようもなく、彼女を愛していた。
女に泣かされるなんてのは、1000年の生まれ変わりの人生で、初めてのことだった。それは多分、他の2人にしても同じことだったろう。
貞光は俺たちの様子に隠しようもなくドン引きしていたが、俺も若干、俺自身に引いていた。しかし、正直に言えば、それは決して、悪い気分のものではなかった。
最初のコメントを投稿しよう!