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秋の終わり、しばらく姿が見えなかった安倍吉昌が、縛されていたらしいとの報せがもたらされた時、俺は身の内が凍る思いがした。
あの人がどれほどの危ない橋を渡っているのかは知らないし知りたくもなかったが、俺は、この春の茨木童子の突然の顕出に、彼が関わっていることは、明白だと考えていた。
縛された以上、もう二度と、彼が茨木童子を誘い出すことは叶わないだろう。俺に残っている選択肢は、ひとつしかなかった。
「薫子さん」
金時の家のリビング。金時も綱も留守の時を見計らって、俺はその家を訪れていた。
「……はい」
薫子さんの声には、覚悟を決めた響きがあった。この子には、敵わないな。俺は思う。
「あなたは、うすうす気づいているかもしれないけど、俺たちの中で、俺と安倍吉昌しか知らないことを、あなたに、……そして、あなたの中のもう一人の人に、話させてもらうよ」
俺は、彼女の目をのぞき込む。そこには、ただ美しい虚空だけがある。
「君の中には、酒呑童子と、もう一つの魂がある。俺にはその正体は分からないが、多分、茨木童子を惹きつけているのは、その魂だと思う」
薫子さんの喉がごくりと動くのが分かった。
「安倍吉昌は、何らかの方法、おそらく、禁術と呼ばれる本来許されない方法を使って、その魂を利用して、茨木童子を根城から誘い出した。でも、その禁術がばれて、あの人は父親と兄貴に捕まった。……下手をすれば、殺されるだろう」
薫子さんの顔が歪む。俺は小さくため息をつく。
「殺されないにしても、もう、あの人がその術を使って、あなたの中のその魂を、茨木童子と接触させることは、二度とできないと思う」
俺は、彼女の、そしてその内の美しい虚空の瞳に向かって語り続ける。
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