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結界の中で対峙した男の姿は、1000年前と変わらず美しかった。その背後から立ち昇る闘気は、鬼というよりは手練れの武人のような澄み切った色をしている。
「……茨。そこの女人を、お渡しいただくことは、できないか」
「……断る」
金時の問いかけへの、茨木童子の返答を聞いた瞬間、俺は自身と綱の目くらましを解いた。
同時に小手調べに放った矢は、あっけなく叩き落される。
(最後の戦闘の時と、戦い方が、変わっている)
少し距離を取り直しながら、俺は考える。
茨が鬼と化し、討伐隊のほとんどを殺しつくした最後の戦いでは、彼はその邪気ですべてのものを薙ぎ払っていた。今の彼は、人であった頃とほぼ変わらない戦い方――得物を使い、術を使う――をしていた。
これは、何を意味するのか。
それにしても。
目の前に現れた茨木童子の式神、「青龍」を眺めて俺は感嘆する。
一人っきりでこんなところに閉じ込められて、よくまあ強くなり続けることができるものだ。俺なら1000年、ふて寝するな。
すかさず、矢を「青龍」の「木」の力を突破する「金」のそれに持ち替えながら、俺はいらぬことを考える。
5本目の「金」の矢を放った時、突然その声が俺を襲った。
『 ……刀が、抜けぬ 』
それは、これまで一度も聞いたことのない、渡辺綱の心の声だった。
とっさに俺は、綱の背中に視線をやる。
俺たち――貞光と金時と俺は、たとえ茨木童子に犯され妖と化していようとも、とにかくこの場から、薫子さんを連れ帰るつもりだった。身体さえ取り返せば、後は安倍吉昌にでも、何とかならなくとも何とかさせる。
しかし、綱にはその思惑は伝えていない。思慮深い四天王筆頭の男が、1000年前の悲劇を繰り返す危険性のある行為を、容認するとは思えなかった。
綱が刀を抜く前に、貞光が薫子さんを捕らえ、瞬間移動で離脱する。それが俺たちの作戦だった。
俺たちがてこずることがあれば、綱は、自らが為すべきと信じることを、決して先延ばしにしたりはしないだろう。
俺たちの知る、いつもの、綱ならば。
だが、茨木童子は俺たちの予想を超えた強さへと進化していた。まさか、あいつが式使いになっているとは。俺たちは、3人がかりでも、茨木童子から薫子さんを引きはがすことができないでいる。
しかし、未だに、綱の刀は抜かれていない。その理由は、自明だった。
『 何故だ。……茨の、術か 』
――違う。俺は唇をかむ。
お前には、あの子は、斬れないんだよ、綱。
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