薫子

1/6
前へ
/89ページ
次へ

薫子

「薫子、大丈夫?」  その声に、私ははっと我に返った。  目の前の男の子は、少し眉をひそめて、私の顔を見つめている。その心配そうな表情に、肩の力が抜けていくのが分かった。 「……少し、休憩しようか」  中2の春休みの宿題が広げられたテーブル。はす向かいに座っていた椅子を引いて、彼は身軽に立ち上がる。  しばらくして戻って来た彼の手元には、湯気を立てたマグカップが二つあった。 「眠れてないの」  カップを渡されながらつぶやくように言われた、さりげない言葉にぎくりとする。 「どうして」 「顔見れば、分かるよ」  彼はカップに目を落としたままぶっきらぼうに言う。  私は何も言えず、渡されたカップに口をつけた。たっぷりミルクの入った、甘めのロイヤルミルクティー。私の一番好きな飲み物だ。 「……おいしい」  思わずつぶやくと、ふ、と微かな笑い声がする。 「そういう、顔、してる」  思わず赤面する私に、相変わらず淡々とした口調で、彼は続ける。 「……お墓参り、行きたくないなら、そう、言った方がいいよ」 「え」  どうして分かったのだろう。 「去年、帰ってきた後、様子、おかしかったからさ」  わざとなのだろう、少し荒っぽい動作で頬杖をつき、彼は私の目をじっと見る。 「辛いことをわざわざ、することない。墓は逃げやしない」  その言い草に、私は思わず笑ってしまう。 「……一緒に、行ってくれる?」  思ってもみなかった言葉が自分の口から飛び出し、私は思わず唇をかむ。  彼は数回まばたきし、それからこともなげに答えた。 「もちろん。……君が、そう、したいなら」
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加