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薫子
「薫子、大丈夫?」
その声に、私ははっと我に返った。
目の前の男の子は、少し眉をひそめて、私の顔を見つめている。その心配そうな表情に、肩の力が抜けていくのが分かった。
「……少し、休憩しようか」
中2の春休みの宿題が広げられたテーブル。はす向かいに座っていた椅子を引いて、彼は身軽に立ち上がる。
しばらくして戻って来た彼の手元には、湯気を立てたマグカップが二つあった。
「眠れてないの」
カップを渡されながらつぶやくように言われた、さりげない言葉にぎくりとする。
「どうして」
「顔見れば、分かるよ」
彼はカップに目を落としたままぶっきらぼうに言う。
私は何も言えず、渡されたカップに口をつけた。たっぷりミルクの入った、甘めのロイヤルミルクティー。私の一番好きな飲み物だ。
「……おいしい」
思わずつぶやくと、ふ、と微かな笑い声がする。
「そういう、顔、してる」
思わず赤面する私に、相変わらず淡々とした口調で、彼は続ける。
「……お墓参り、行きたくないなら、そう、言った方がいいよ」
「え」
どうして分かったのだろう。
「去年、帰ってきた後、様子、おかしかったからさ」
わざとなのだろう、少し荒っぽい動作で頬杖をつき、彼は私の目をじっと見る。
「辛いことをわざわざ、することない。墓は逃げやしない」
その言い草に、私は思わず笑ってしまう。
「……一緒に、行ってくれる?」
思ってもみなかった言葉が自分の口から飛び出し、私は思わず唇をかむ。
彼は数回まばたきし、それからこともなげに答えた。
「もちろん。……君が、そう、したいなら」
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