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「あれから、8年か」
私は、墓石の前にしゃがみながら、独り言ちる。
10年前。ある日突然、当たり前にあった日常が、当たり前にいた家族が、消えてしまって。でもその時、それは日本中のあちこちで、数限りなく起こっていて。どれだけ泣くことが許されるのか、それも分からなかった。
そこから与えられた、新しい日常。家族のような、そうでないような、不思議な距離感の人たち。
そんな日々の中で、もし私が、自分をまるごと受け入れてくれる人たちと、もう一度出会えたと実感できた瞬間があったとしたら、それは、2度目のお墓参りを決めた、あの14歳の、冬の終わりの夕方だった。
彼は――源君は、もう、忘れているかもしれないけれど。
あれから、色々なことがあった。それでも、私たちはまだ、隣にいる。そして多分、願わくば、これからも。
2021年3月11日、私は、かつての私の家族たちの前で、静かに手を合わせる。
*
私が、事故で家族を失ったのは、小学校6年生の終わり、3月のことだった。そこからしばらくのことは、正直、あまり良く覚えていない。
私の前に、突然、大きな男の人が現れて、私はその人に連れられて、東京で暮らすことになった。それまで地方都市でのんびり暮らしていた私の世界は、何もかも、変わってしまった。
当時は考える余裕もなかったけれど、今思えば、私立の中学校に、面接だけで編入できたのにも、きっと彼らの力が関わっていたのだろう。とりあえず、そこは優しい人たちばかりの、穏やかな環境だった。
きれいな目をした男の子だな、それが、源君への、私の第一印象だった。
時夫さん――私を引き取ってくれた、大きな体のお兄さん――に連れられて、お隣に引っ越しのあいさつに行ったとき、彼は一人で私たちを出迎えた。
明日から、一緒に学校に行こう。編入の日、一緒に帰ってくれながら、彼はこともなげに言った。中学1年生、周りのこともいろいろ気にする男の子が多い中、彼は、全く躊躇なく、私にいつも優しくしてくれた。
時々、泣いてしまうことはあったけれど、私の心が大きく損なわれずに済んだのは、間違いなく、時夫さんと、源君のおかげだった。
私が泣いてしまったとき、泣き止むまでじっと、隣に座って窓の外を眺めてくれていた彼の、テーブルの上に置かれた左手の映像を、私は今でも、はっきりと覚えている。
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