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私が初めて、源君を、家族のような人、から、それ以上の人、と意識したのは、高校1年生の春だった。私たちは、持ち上がりで同じ学校の高校生になっていた。
これからは、一緒に、登校するのは、やめにしよう。
高校の入学前の春休み、源君は私にそう言った。
少し前から、彼の様子が変わったのは、気付いていた。時夫さんは、その春、中学の先生を辞めて、剣道の道場を開いたのだが、源君は、春休み中ほとんどずっと、その道場に通い詰めていた。
時夫さんは必ず3人分の夕食を作るし、源君は夕ご飯にはこちらの家に来てくれるけれど、後片付けを済ませると、すぐに自分の家に戻ってしまう。二人で長く話せる時間は、なくなっていた。
私たちは、ただ家がお隣同士の、男の子と、女の子。いつかは、こんな時が来るかもしれないとは、思っていた。でも、何故だか私の胸はキリキリした。
学校で、同級生の女の子と話す彼の横顔が微笑むのを見た時、私は、どうして自分の胸が痛むのかの理由が分かった。
このままこんな形で、ゆっくり心が離れて行ってしまうのだけは、嫌だった。
私は、自分の気持ちを伝えると、決心した。
蝉の声がうるさいくらいに降り注ぐ真夏の木陰で、私の前に立った彼はひどく、固い顔をしていた。
高校1年生の夏休み。私は、なかなか声をかけることもできなくて、彼と1対1で話す機会すら、作ることができないでいた。
もう、無理やりにでも、押しかけるしかない。
私は、初めて一人で時夫さんの道場に向かった。源君は、そこで一人で、素振りをしていた。やっぱり声がかけられなくて、私はその背中を、黙って見つめていた。
ふいに鋭い表情で彼が振り向き、それからその瞳が驚きで丸くなる。
「どうしたの」
「……話したいことがあるの」
私の言葉に、彼は微かに顔をしかめる。
それだけで、私の胸はずきりとする。
それでも。
この気持ちを伝えないで、後悔することだけは、嫌だった。
久しぶりに正面から向かい合う彼の顔は、真夏の木漏れ日に、まだらに彩られている。額に浮かぶ汗が、キラキラと光っていた。
いつの間にか、彼の背丈は、私が見上げるほどになっていた。
初めて会った時と変わらない、美しい瞳。
「……どうしたの」
たずねる彼の声は、なぜか少し、息苦しそうだった。
「源君。私、……あなたが好きです」
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