代わる者

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ピロン 『今週末旅行しない?』 彼氏からメッセージが来た。嬉しいし、弟なんてどうでもいいから即行きたいんだが、この週末で確かめたいことがあった。 『ごめんね、ちょっと忙しい』 と返し、けれど弟には、今週末旅行行くから、と言った。親もいない、私もいない、そんな油断があれば、なにかつかめるかもしれない。 「千代、どこ行く感じ?お土産よろしく」 そう笑う清は、もう最初からこのままだったら気づかなかっただろうというくらい、弟そのもので 貼り付けた笑顔が、とても怖かった。 夜。 玄関から入らずに、裏口から、そっと侵入し 泥棒じゃないです我が家ですといいわけをしながら、私は、階段を登った。 やった!やつは油断している。あの厳重にあった錠が何一つとしてついていなかった。 「ふぅ……」 大丈夫。ゆうて弟だからたとえエロ本読んでたとしても謝ればいいだけだし…… ゆっくりとー……しかし 開ける途端は隠れられないように勢いよく。 そして、私は見てしまう。 「はあ!?」 弟はー……弟は、暗い部屋の真ん中で おでこから謎の触覚をはやし、その先端を分厚いノートにくっつけていた。 「ちょっとぉ!!アンタ宇宙人でしょ!」 そんな分かりやすい典型的なことある? 〜じゃよ。ていうおじいちゃん、〜アルていう中国人並みだよ。宇宙人丸出しの触覚。 その触覚は多分触れたものの情報を読みとるんだろう、そうすることで奴は弟に近づいていってたのだ。 「☆♪*‥ッ」 多分、異星語で「やべっ」的な意味なのだろう そいつはノートを落とし、しゅるしゅると触覚をしまう。 しばらく無言で見つめ合う私達。 こっからどうすればいいんだろう。私意外とマニュアル人間だから『宇宙人と部屋で対峙した場合』ていうマニュアルみないとどうしていいかわからないんだけど……。 先に口を開いたのはもはや弟とは呼べない、その宇宙人の方だった。 「触覚が出るタイプの弟ということで見逃してはくれませんか?」 「見逃せるわけないでしょうが」 「あ、無理ですか……そうですか」 まさかの提案。 これで見逃せたらこの世の問題すべて見逃せるわ。 再び無言。 向こうも困ってる、私も困ってる。カオスだよ。 不審者だったら警察につれていける。 精神病だったら病院へ。 宇宙人だったらどうすればいいの? とりあえず……聞くべきことはある、か。 「本物の弟は、清はどこ?」 「私の星に転送しておきました。今はカプセルの中で寝てます」 「転送されてたんだ。私の弟……」 ちょっと面白いしどんな感じだったのか感想聞きたいな、それは。 「……返してほしいですか?」 「え?そりゃ、まあ」 私がそういうと、そいつは目を丸くした。もう宇宙人であることを隠さなくていいからか大きい洞穴のような瞳。 意外だったらしい。私の発言が。 「それは、なぜ?」 「えっ」 なぜって、まあ、そりゃ奪われたものは返してとなるだろうが、なんだか空気からするにそんな単純な話じゃなさそうだった。 「ここまで知られてしまったからには仕方ない 正直にすべてお話しましょう。 私はマロロッカ星からきた宇宙人です。 古来より地球にはよく遊びに来てます。そして、元々の姿で生きてはいけない為、地球上に存在していた者の姿形をコピーし入れ代わって生きてきました。 日頃すれ違ってると思いますよ マロロッカ星人と」 「あ、なに?被害者弟だけじゃないの?」 マロロッカ星人て言うんだ……なんかダサっ。 「大勢いますとも。でも多くの人々は誰かがなにかに代わったことにすら気づかず、いつも通りに過ごしています。残酷に思えますか?我々のしてることは。でもあなたたちが自分たち以外の生命を食べ、大地を好き勝手削るように、我々も誰かからしたら酷いことでも生きやすい手段を選んだにすぎません。 だからやめないです。今後も色々な人に、物に成り代わって生きていきます ですが我々はとても紳士な一族なので、弟を返せというなら返します。 本当はむりやり脳操作して記憶あやつったり家族全員殺したり奴隷化したりできるんですが 紳士なのでしません。 ……ですが、せめて理由を聞かせてくれませんか 納得できる理由を。ここまで成り代わるのも苦労したので、この家庭を諦めるほどの理由がほしいんです 私はわざわざ選びました 代えてもとくに問題なさそうな人を だって、あなた弟とそこまで仲良くなかったじゃないですか」 「えっ……そりゃ……まあそこまで仲良くは」 目の前のソレは、ひどく真顔だった。 きっと、地球人と違ってあまり感情がないんだろう だから、きっとわからないんだろう 色々なことが。 「ほら、仲良くない。仲睦まじいならわかりますよ、でも仲良くないなら、見捨てればいいじゃないですか、無視すればいいでしょ、弟が何者になっていたって。 きっとあなたは、もう数年したらこの家からでて、彼氏と生きていくのでしょう。弟と今後の人生で、どこまで関わりますか?関係ないですよね、それに私は今はこんなんですが、今後あなたの弟さんを完全コピーして、思考も癖もすべて取り入れるつもりです。なんなら能力だけ上げてもいい。 全く同じものでしかも上位互換にもなるものをくれてあげようというのです。 どこにも損はないはずです。両親も最近よく勉強するって喜んでたじゃないですか」  「…………」 「何も困ることなんてないでしょう?本物じゃないってだけですよ。 それに……元々、あなたの目からみたら弟なんて 突如言葉の通じない者が家に来て、両親の愛を奪ってしまう、家庭を侵略しにきた宇宙人か何かに 見えていたんじゃないんですか」 「……!」 「繰り返し聞きます。あなたにとって……そう大して好きでもない 弟が、それでも弟本人じゃなきゃいけない理由はなんですか」 弱い理由じゃだめだと思った。けれど 演技して泣いて本当は弟が大好きなの返してというのも、なんだか違う気がした。 私は、私は…… 「納得してもらえるかわからないけど…… 上位互換のほうがずっといいのは、その通りだとおもう。そんなに仲良くもないし、そんなに好きでもないのもその通り。命かけてでも弟を守るぞ!だから返せ!みたいな熱い気持ちではないのよ、たしかにね。 でも……だからって見捨てられるわけじゃないのよ。 だめでも、たまにむかついてもいいから、やっぱたまに会うような、連絡するような関係でいたい。普通にそこそこ幸せに生きてってほしい。 弟に、弟でいてほしい。 ……私はお姉ちゃんだから」 あの頃。 なにやってもすぐ泣くし、転ぶし、両親が大忙しで目を離してる時、弟は顔をびしょびしょにしながら、ねーたん、と抱きついてきた。 私はまだ、弟だ、なんて思ってなかったのに  弟にとっては、私はもう、お姉ちゃんだった。 涙がしみて、体温があたたかかった。 その時だ。 すとん、と私はお姉ちゃんになったんだなあと思った。 そして、弟は宇宙人みたいじゃなくなった。 よく見たら普通の、頭の丸い、私と目の形がよく似た ただの男の子だった。 「こういうのは、それよりもっといいのがあるとか、仲良くなくて関わらないなら取り換えてもいいじゃんとか、そういうのじゃない、理屈じゃないの、説明できないの。 ただ、その人じゃなきゃいけないの 宇宙人なんかに、わからないよ だから返して」 さすが自称紳士なだけあって、宇宙人は何度か頷くと、窓から姿を消した。 「わっ、なんかあっさり消えたな……」 あいた窓から 夜風が舞い込んでくる。 奴は、別のなにかになりにいったんだろうか 別のなにかの周囲の人はかわったことに気づかず、気づいても指摘せず、受け入れて 今も多くの人が異星で眠り続けているんだろうか。 「清……」 朝がくる。 私はどうやって帰ってくるのかなと思っていたが、弟はごく自然に食卓にやってきた。 「千代、まだ食ってんの?おっせ」 「……うるさいな、朝はおはようでしょ」 「へいへい、おはよう」 「……牛乳いる?あんたチビだから飲んだほうがいいよ」 「嫌いなの知ってんだろ、嫌がらせかよ」 大きなあくび。食べながらSNSでなにやらスポーツ記事を見ている。先に両親は仕事に行った。両親がいるときは行儀悪いのを怒られるから、私といるときだけ、みせる姿。 帰ってきたんだなあ、とそれでも感慨深いものがある、わけではなく。 てか、こいつ宇宙人にさらわれてた記憶ないの?いなかった間の時間の埋め合わせとかされてんのかな。 7時10分。弟が部活のため私より先に学校へ行く時間。 弟は立ち上がり、さっさと身支度をすませて 「これやるよ、じゃ、行ってきまーす」 「え?なに?これ……」 足早に去る弟の姿はもう見えない。 渡されたのは綺麗な色の……マニキュアだ。 私がすきなブランドのやつだ。貝殻のような容器に入った、まるで水中で目を開けて見るような、そんな色のマニキュア。 添えられたメモには、一言書かれていた。 『助けてくれてありがとう』  「ははっ、いや、これだけ?普通感謝して泣いたり、もっと何度も頭下げてなんでも奢ってくれたりする流れじゃないの、だって命救ったんだよ私」 そう言う笑っている私は、言葉とは裏腹に満たされていた。 きっとこれから何度でも 何度も喧嘩して 何度も仲直りして 助けなきゃよかった、てうざくおもって やっぱ居てくれてありがとうて都合よく感謝して 私と弟はそう生きていくんだろう。 でも 『元々、あなたの目からみたら弟なんて 突如言葉の通じない者が家に来て、両親の愛を奪ってしまう、家庭を侵略しにきた宇宙人か何かに 見えていたんじゃないんですか』   『見捨てればいいじゃないですか、無視すればいいでしょ、弟が何者になっていたって』 弟の顔で、そう言われた時 私はたしかに悲しかった。 助ける理由なんて、きっとそれだけで充分なんだ。 「さ、私も行くか」 私のクラス、実際は何人がマロロッカ星人なんだろう? そんなことを思いながら。 『代わる者』end
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