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多くの場合、ゴブリンという種族は勇者たちにとって大きな脅威であるという風には描かれていない。だけど僕の戦ったことがある相手と言えば、英雄譚には名前すら出てこないピグミーグラスドラゴンくらいのもの。伝説の勇者にとって弱い相手が、自分のような農民にとってもそうであると考えられるほど思い上がってはいないつもりだ。
「たっ、戦おうって言うのか」
「そんなモン、オマエの出方次第だよ。オレは戦わずに殺される腑抜けじゃあねぇんだ」
「僕に敵意はない。だいたい、こっちが気づいてもいないのに、君の方から声をかけてきたんだ。見ているだろうって、まずはそこから誤解だよ」
ゴブリンは何か難しいことを考えるように顔を顰めると、ずかずかと進めていたがに股を止めた。
「だったら、なおさら、何しに来た」
「散歩だよ。ただの息抜きさ。ここは僕らの、人間の村で、だから、ゴブリンに何しに来ただなんて言われる筋合いはない」
ゴブリンとの距離は、大股で五歩といったところ。半歩下がりつつ、軽く構えをとった。ゴブリンの脚力がどの程度なのかは分からないけれど、この間合いならば相手が急に飛び掛かって来ても初撃を受け流すことぐらいはできるだろう。
「こっ、今度は、僕の質問に答えてもらう」
脚をじりじりと後退させながら、声を張り上げる。近くで村人が仕事でもしていないかという淡い期待があった。
見たところ、このゴブリンは丸腰で、構えをとってすらいない。主な攻撃手段が素手であるならば、噛みつかれないだけピグミーグラスドラゴンより戦いやすくすらあるのではないか。
「ゴブリンがこんな所で何をしているんだ。僕らの村を襲いに来たのか」
「ちげぇよ。逃げてきたんだよ、勇者とか名乗る奴からな!」
「勇者だって?」
レイヴのことか、と言いそうになって飲み込んだ。国中に知らされた情報であるとは言え、うかつにレイヴの名前を出して勇者の知り合いだと気取られるのは避けたかった。
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