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根元の抉れた切り株を見つけて、自然と早足になる。内側の苔生した亡骸には、洞窟を目指すとき、いつも目印にしていた大きなうろ穴の枯れ木の面影があった。
ここまで来れば、あと一息だ。
村の外縁に位置するとはいえ、子供の脚と好奇心とで行き着くことのできる場所だ。幼い頃にはそれこそ冒険であった道のりも、長じてみれば気晴らしの散歩道でしかない。作業道を外れて切り株を左に曲がり、鬱蒼とした中へ踏み入ると、すぐに大岩の姿を見つけることができた。下部が土に埋まったあの岩の後ろで、僕らの洞窟はいつもぽっかりと口を開けているのだった。
むせ返りそうになるほどの、激しい懐かしさが込み上げてくる。
「おい!」
何者かの威嚇が唐突に木々を震わせ、膨らみつつあった懐旧を掻き消した。旅芸人や吟遊詩人が役を作って出すようなしゃがれた声。野犬の唸り声のようですらあるそれは、しかし確かに人語の響きを持っていた。
「おい、そこのオマエ。見ているだろう、オレを!」
ぼろ布を纏った矮躯が岩陰で身をよじり、僕はそこで初めて声の主に気がついた。ぎょろりと狂暴そうに見開かれた黄ばんだ眼に、人間離れした大きく尖った鼻。草陰の保護色になっていた深緑の肌は、ごつごつとして苔生した岩のようである。
「ゴブリン?!」
実際に目にすることは初めてだったけれど、いつか、商人の見せてくれた絵画にその姿を見たことがある。多くの英雄譚の中で民草の生活を脅かし、勇者の前に立ち塞がっては蹴散らされる――そういう役回りの存在だ。
「見りゃあ分かるだろうが。それで、オマエは何しに来やがった?」
「それはこっちのセリフだ。もしも僕らの村を襲おうって言うのなら――」
「うるせぇよ。オレたちの住み家を荒らしてんのはニンゲンの方だろうが」
啖呵を切って、ゴブリンが岩陰から前進する。細いながらも筋肉質な四肢の先には、身体のサイズに比すればいささか大きく骨ばった手足が備わっていた。
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