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「アタシは勇者、ウィア・ドルズ。今はゴブリン退治の真っ最中でね、別にお礼は――」
「勇者?」
予想外の言葉を、思わず復唱する。
「勇者? 本当に?」
「そう。魔王を倒す、勇者」
「勇者は、レイヴのはずだ」
反射的にそう言ってしまい、僕は慌てて身構えた。彼女が勇者を騙る悪人ならば、逆上して剣を向けてくるかも知れないと思ったからだ。
しかし彼女は予想に反して、にやにやと楽しげに口元を歪ませる。
「やっぱり知ってたんだ。この村の出身だもんねえ、彼」
知っていて、勇者を騙ったのか。
愉しそうな笑顔。口の中に苦く固い唾が溢れる。自分から呼び止めておきながら、僕の脚は震えながら一歩退いた。この女が何者なのかは分からないけれど、好ましい相手ではないこと、そして先ほどのゴブリンよりも圧倒的に強いということははっきりとしている。
「レイヴの仲間――ですか」
「やめてよね。あんな田舎者の仲間だなんて」
「仲間じゃないなら、敵か」
女の笑顔に、凶悪な色が混ざる。これ以上の詮索が得策ではないことは分かり切っていた。それでも、勇者の輩出を喜び誇りに思ういち村人として、レイヴの親友として、黙っていることなどできるはずもなかった。
「だったら、どうする?」
愉しげな眼光が、鋭いロングソードの切っ先が、僕のことをぎらりと捉える。
恐怖はなかった。そこに、殺意や害意などが感じられなかったからだ。
代わりに、怒りを伴う高揚感が溢れ出す。ウィアと名乗る偽勇者の美しい翠の瞳に、油断という言葉すら生温い、舐め切って蔑むような色が見えたからだ。
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