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「これは驚いた。愚鈍を装うとはな。ここは格好のつく言葉の一つでも言っておかないと、本当にただの哀れな端役になってしまうぞ」
「歴史に名を残したいわけではない、とでも言っておけと?」
「分かっているじゃあないか。そういう健気な台詞を吐いてくれた方が、この無為な戦いにも少しは面白みが生まれるというものだ」
痩せこけた顔が僅かに俯いたかと思うと、屍術師はその淀んだ眼光ではっきりとこちらを捕らえた。構えた指先がびりびりと痺れる。思わず退がろうとした脚が意に反して前進する。僕の全身を昂らせるそれは魔術の類ではなく、向けられる純粋な闘気だった。
殺意でも、敵意でもなく、あの陰険で物腰の柔らかい屍術師には似つかわしくない、まるで競技者のような闘気。彼はこの戦いをただ純粋に楽しもうとしているのだろう。そしてその意思を気迫だけで伝えようとしてさえいる。
ああ、これでは、完全に相手の思うつぼだ。
「さて、威勢の良い台詞も聞かせてもらったところだ。こちらも戦闘態勢を取らせてもらうことにしよう。いつまでも無防備なままでは格好がつかないからな」
気づけば広間の柱の陰から、無数の意思無き視線。ここからが、屍術師の本領というわけだ。
「僕は格好をつけたいわけでもないし、ましてや、楽しむためにこんな所まで来たわけじゃない。魔王を倒して、平和を取り戻すために――」
「それは勇者の役割だ。君もそれが分かっているから、勇者を先に行かせ、自分はここに残ったのだろう」
「違う」
「違わないさ。先に残った二人ほど、脇役に徹する覚悟がなかったというだけ。先へ進んだ二人よりは、主役からは遠いという自覚があっただけ。だからこそ――」
包囲する屍たちに、未だ動く気配はない。僕の行動を待っていることは明白だった。
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