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【第6位】
☆天野×陽波
※「【6】罪の亡霊編」に登場したキャラたちです
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「天ちゃん、すごかったね!」
同期の陽波から突然可愛らしい声で褒められ、驚いた天野が飲みかけていた麦茶でむせる。
「……ごほっ!え?俺なにかしたっけ?」
生存競争の激しい都心にありながら、老舗として有名なバードグランドホテルの休憩室では、数名のスタッフたちが激務の合間に一息ついているところであった。
「うん。さっきラウンジで、海外のお客様たちと楽しそうに盛り上がってたでしょ?」
「あぁ!サッカーの話題だよ。ほら、今って世界大会の真っただ中だろ?俺、サッカー大好きだからさ!」
と、天野が少し照れつつ、嬉しそうに陽波に言葉を返す。
「そうだったんだ。僕もお客様に話題を振られた時のために、毎日いろんな情報に目を通すように心がけてはいるんだけど……やっぱり本当にサッカーが好きな天ちゃんには敵わないや」
コーヒーを飲みながら陽波が苦笑いすると、天野が何かひらめいたというようにポンと手を叩いた。
「それじゃさ、明日の晩、日本代表チームが出場する試合があるんだけど、ウチで一緒に観ないか?」
「え?いいの?僕、全然詳しくないけど……」
「大丈夫!俺が解説するから!楽しく学べる飲み会って感じでさ!」
「へぇ、面白そう!それじゃお邪魔しようかな」
と、向学心の旺盛な陽波は、親友の申し出に目を輝かせたのであった。
翌日。
勤務終了後にアルコールや総菜を買い込んだ二人が、ワンルームマンションに到着する。
陽波が初めて訪れた天野の自宅はフローリングを基調とした洋室で、すっきりと清潔感のある印象を与えた。
「ごめんな、ソファもなくて。あ、これ使って?」
と、24インチの液晶テレビの前に置かれた簡易なローテーブルの近くにクッションを置く。
天野は家具に興味がないのだろうかと思いかけた陽波であったが、ふとテレビ台の高貴な色艶が目にとまった。
そして、その特徴から世界に名を知られる一流ブランドのインテリアらしいと気が付いたのである。
きっと資金が溜まったタイミングで、ひとつずつ買い揃えていくつもりなのだろう。
一流ホテルに勤務する以上、普段から目を肥やそうという天野の覚悟が感じられ、陽波は同じ立場として身が引き締まる思いがしたのであった。
サッカー中継は試合会場となる海外の時間に合わせるため、深夜の放送開始となるが、ふたりとも明日は休日のため気楽なオールナイトの予定だ。
試合が始まる前に軽く乾杯をして、総菜をつまみながら、天野が陽波のためにルールや見どころ、選手の情報などを分かりやすく簡潔に教えてくれた。
その効果もあってか、なんとなく今まで話題作りにと陽波が自宅で観ていた時とは異なり、ワイワイ賑やかに天野と言葉を交わしながら観る試合は非常に面白い。
「大勢が大画面で観戦できるスポーツカフェやバーが人気の理由、分かった気がするかも」
と、陽波が投げかけると、天野が嬉しそうに頷いた。
「あぁ!酒が入って興奮した客が騒いだりトラブルになっちゃマズいから、落ち着いた雰囲気のホテル内には無理だとしても、近くにあるといいのにな」
「うん、それも集客に繋がりそうだよね」
「ははっ、俺たちってホント真面目だよな!こんな時でも仕事熱心でさ。もっと給料上げてくれないかなぁ」
大袈裟な天野の口ぶりに陽波が笑った。
そこから両チーム共にシュートを決める白熱した試合展開となり、ふたりが一喜一憂しながら応援をする。
しかし一点届かないまま日本チームが押され続け、試合時間も残りわずかとなってきた。
天野の表情が不安そうに沈んできたことに気付き、陽波が明るい声で話しかける。
「これほど真剣に観戦したの初めてだけど、サッカーって面白いんだね。いつかスタジアムで観たくなっちゃった」
「そ、そうか?陽波にそう言ってもらえただけでも、今日の観戦は大成功だな!それじゃさ、今度一緒に……」
そこで天野は言葉を途切らせると、いきなり陽波を強く抱きしめたのだ。
「……いっ、いいぞっ、これ同点いける流れじゃね?そうだ!いけいけいけえぇ!」
最後の一秒まで諦めていなかった選手たちの猛攻によって、一気に感情を昂らされた天野の目は、完全に画面に集中していた。
「て、天ちゃん……むぐっ」
天野の腕の中の陽波の声が、この試合で一番大きな歓声によってかき消される。
そして日本チームは、ついに同点ゴールを決めたのだ。
マンションのため腹の底から叫びたい声を、背を丸めた全力のガッツポーズで抑え込んだ天野が、喜びの言葉をマシンガンのように連発し始めた。
「見た?見たか?実は時間的にもう無理だと思ってたけど、鮮やかなパスからの針穴を通すような同点ロングシュート!ああもう感動がすごすぎて、全身に鳥肌が立っちゃったよ!」
涙目となり興奮状態でまくしたてる天野は、自分が何をやらかしたのか、まったく気づいていないらしい。
今までの陽波ならば、迷うことなく「うん、見たよ!すごいシュートだったね!」と天野に話を合わせただろう。
しかし今夜の陽波は、少しだけ勇気を出した。
「ううん、天ちゃんが興奮しすぎて、選手がシュートを決める前から、ずっと僕を強く抱きしめ続けてたから、ちっとも見えなかったんですけど?」
と、おどけた口調で、身に起きたことを正直に告げたのである。
これは常に「しっかり者」であろうと周囲に気を使って生きてきた陽波にとっては、自らの意志で踏み出した大きな第一歩であった。
たとえ他の人間たちに「自然体になるために努力をするなんて、おかしな話だ」と思われたとしても、そんなことはどうでもいい。
陽波自身が、自分を少し好きになれた気がしたのだから。
一方、天野は無言になってしまった。
てっきり「え~!そりゃ悪かったぁ!」と、いつもの調子であっけらかんと天野が笑い飛ばして会話が終わると思っていた陽波が「僕の言葉が気に障ったのかな?」と不安そうに見つめると、ハッとした表情になり、
「……ご、ごめんっ!おっ、俺、そっ、そんな長い時間、ひっ、陽波を強く抱きしめてたのか?あ~もう俺のバカ!なんで覚えてな……いや、そうじゃなくて、陽波、ごめんっ!」
と、誰が見ても分かるほど真っ赤になって、あたふたと汗を浮かせて動揺し始めたのである。
「ええっ!べっ、別に全然気にしてない……こともないけど、その、天ちゃん、謝らなくていいから!」
と、頬に熱を感じながら陽波もなんとか声を絞り出すと、自分の生きる世界が広がっていく予感に微笑んだのであった。
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バードグランドホテルのスタッフとして働く天野と井坂陽波の同期カップリングです。
誠実さや真面目さは長所ですが、それにこだわり過ぎると生きづらさを感じることも。今まで上手く肩の力を抜くことが出来なかった陽波にとって、天野から得られるものは多そうです( *´艸`)投票ありがとうございました//!
※彼らの登場回を冒頭部分に追記しました。ペコメありがとうございます!(*^-^*)
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