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【第6位】
☆モズ×アザミ
※「【5】白夜の獣宴編」に登場したキャラです(今回は特に本編読後にお読みいただくことをオススメします!//)
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「ふわ~ぁ」
ひと気のない薄汚れた路地裏を歩きながら、アザミが大あくびをする。
非合法組織「96」は、岩原浩次という人物の情報を独自に入手した。
彼は表向きは一般企業の社長でありながら、密かに裏カジノを経営しているらしいというのだ。
そこでアザミが岩原に接触し、甘い罠を仕掛けることで、その所在地を突き止めることに成功したのである。
上官の片岡に連絡を入れたあとは警察が動くため、これをもってアザミの任務は完遂となった。
この国で最も巨大な駅の近くを占める歓楽街、白夜区。
表通りではライトが煌々と夜空を照らし、あらゆる言語が騒々しく飛び交っているため、まもなく日付が変わる時間であることを忘れさせられる。
そんな明るさと喧噪を避けるために、アザミが帰路として選んだのは、まず一般人なら歩かないであろう暗い路地裏であった。
それでも建物の上から覗き込むように、水たまりには派手なネオンが映り込んでいる。
「……おっと!」
うっかり踏み入りそうになって、革靴が濡れてはかなわないと慌てて避けた。
決して正体がバレるわけにはいかない極度の緊張状態から解放された直後であるため、つい気が抜けてしまう。
その心許ない動きが、酔っ払いにでも見えたのだろう。
前方から歩いてきた若い三人組が、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「おっ、ちょうど良さそうな『獲物』がいるぜ!財布の中が寂しかったんだよねぇ」
「ん?おっさんなのに、やたらエロい胸してね?」
「ホントだ!すっげぇ巨乳!おい、スーツ脱いでみろよ!」
多少ではあるが特殊なフェロモンの影響を受けて、性的に興奮をしている様子から、それなりに悪事を重ねてきた連中のようだ。
アザミが「ガキ共と乱交も悪くねぇが、今夜は悪食したい気分じゃねぇな」と呑気に考えていると、背後から静かに声をかけられた。
「お困りですか?」
振り返るとTシャツにウインドブレーカーを羽織った、30代前後と思われる男が立っている。
「あぁ、ちょいとばかしな」
と、アザミが言葉を濁したのは、彼が筋骨たくましい強面ではなく、格闘家や裏社会の人間にも見えなかったからだ。
「96」の班長として、困っていそうな人間にわざわざ声をかけるような善意の一般人をトラブルに巻き込むのは、気が引けたのである。
すると水を差されたのが面白くない悪党たちが、男に矛先を変えた。
「なんだコイツ?いいカッコしようとしてんの?」
「オレらより年くってっけどダセェし、出会いが欲しくて必死なんだろ」
「ぎゃはは!全然モテなさそうだもんなぁ!」
悪党たちが散々あざ笑ったが、男は何も聞こえていないかのように、
「ここから全力で逃げて。私が彼らの相手を引き受けます。通報も不要です」
と、先ほどと変わらぬ静かな声で告げると、一番ちかくの細い横道にチラと視線を向ける。
「だが、それじゃアンタが……」
そう言いかけたが、もう彼の視界にアザミは入っておらず、三人の悪党たちだけをロックオンしていることに気が付いた。
しかも男の口元が、薄っすらと笑ったように見えたのだ。
無数の小さな針で肌を刺すようにチリチリとした危険な空気が路地裏に満ちて来るのを感じたアザミが、ここにいては自分まで巻き込まれると判断する。
そのため「……分かった、ありがとう」と、ためらいがちに礼を伝えると、横道へ駆け込んだ。
「おい!くそっ!逃げやがった!」
「コラァ!よくも邪魔しやがったな!テメェ覚悟しろ!」
「薄汚いおっさんが死んでも誰も悲しまねぇよなぁ!」
本物の強さを知らない哀れな「獲物」たちの怒鳴り声が、路地裏に反響する。
しかしそれらも数秒後には、騒音にかき消される程度の短い悲鳴へと変わったのであった。
かろうじて生きているらしき三つの物体が、地べたに転がっている。
この場から離れようとしていた男は、横道から現れたアザミに向かって「……見てしまったんですね」と、ポツリと呟くと足を止めた。
続けて「残念だ」という不気味な声が聞こえた気がして、アザミの背筋がザワリとする。
しかし抜群の演技力によって、そんな素振りは微塵も見せることなく、
「ごめん。アンタが危なくなったら通報しようと思って隠れてたんだ。でも無事で良かった!だから通報はしてねぇよ?」
と、心から安心したというように微笑んだのである。
あっけにとられた様子で、男がアザミを見つめた。
「……こんな状況を目にして、私が怖くないのですか?」
悪党たちを潰し終えたことによって、アザミの存在を強く意識してしまったらしく、男の額や首筋が見る間に赤く染まり、じわじわと汗まで浮かびだす。
全身の熱に戸惑いながらも、すでに彼は上質なスーツに包まれたアザミの肉感的な体と、妖艶に濡れた桃花眼に魅入られていた。
当然フェロモンに強く反応するだろうと予想していたアザミが、男の問いに対して不思議そうに答える。
「なんで俺がアンタを怖がるんだよ。ピンチから助けてくれた恩人じゃねぇか」
「え?あ、いえ、私は助けるとか別に……」
他の人間たちであれば、彼が謙遜しているのだと受け止めるだろう。
しかしアザミは「つまり己の戦闘欲を満たしたいがために、体が動いちまったってわけか」と察した。
そのため「助けてくれた恩人」と呼ばれることに、男は申し訳なさを感じているようだ。
桁違いの暴力に物を言わせる鬼神かと思いきや、普段は不器用で愚直なのだろうと思わせる姿を気に入ったアザミが、
「アンタの理由はどうであれ、俺が助かったのは事実さ。なぁ、このあと時間あるかい?礼をさせてくれよ」
と、耳の奥を直接くすぐるような甘く低い声で囁くと、あからさまに男の体が反応したのが分かった。
「時間なら……その、休暇中なので」
「じゃあ決まりだ!俺、いい店知ってんだ。行こうぜ!」
こうして、ひと仕事を見事に終えた夜にふさわしい「獲物」を見つけたアザミは、心の中でニタリと笑ったのである。
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今回は、ざっくりですが「【1】のプロローグの後のタイミング(ヒドウが登場する前)で、ふたりが出会ったら」と、妄想しながら書いてみました!楽しかったです//
出会うタイミングひとつで人生って変わるのだろうなと思うと、たとえフィクションの登場人物であっても大切に書いていきたいと改めて思いました。投票ありがとうございました//!
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