良い子ってなんだろう?

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良い子ってなんだろう?

ゴウンゴウンと音を立てながら使命を全うする洗濯機を労わるように一撫でした。 おーよしよしよしよし。 気分はムツゴロウさんである。 無機物相手の行為に意味はないが、かなり痛々しい人に見えたかもしれない。反省。 時間帯を考えると次の日の朝に洗濯したかったが祖母に血みどろセーラー服を見られることを危惧したぼくは苦肉の策として真夜中に洗濯機を回すことにしたのだ。 今のぼくは寝巻きで、とっくにお風呂場で湯船に浸かって身体を浄めたあとである。 ちなみに、お風呂上がりの園原さんを率直に表現するとそれはもうエッチだった。 火照った頬に首筋を伝う水滴、ベビーブルーのバスタオルで濡れた髪を拭いながら現れた美少女の破壊力たるや。 エッチコンロ大爆発である。エチチチチチチチチッ勃ッ。 ちんこがついてたら興奮のあまり爆発して無くなっていたレベルだ。恐ろし過ぎる。 しかし、ぼくは紳士なので、内心はありがたやありがたやと拝み手をしながらポーカーフェイスを崩さない。鋼の理性である。 ひとまず、眼福のお礼として買ってきたコンビニ弁当を園原さんに献上しようとしたが、やんわりと拒否されてしまった。 食欲が無いらしい。そりゃそうか。 園原さんは畳の上で立て膝をして、両脛を八の字に踏ん張りながら茶の間を観察していた。 大きな目の中心で良く動く瞳は、磨き抜かれた黒玉のような漆黒に輝いている。 ぼくは唐揚げ弁当の白米を割り箸で解体しながら、わしわしと咀嚼を繰り返す。 サクサクころもの唐揚げは噛むたびに肉汁と旨味が口内に広がるのだ。おいしい。 夜分に油物は罪の味がした。ニキビが出来難い体質の自分に乾杯である。 禁断の果実に手を伸ばしたアダムとイブはこんな気持ちだったのだろう。人類の大先輩は半端ねえのだ。 禁忌を犯すということは、いつの時代も甘美なものである。涙がちょちょぎれそうだ。 無知である故に成り立つ無垢な瞳を伴って、園原さんがぼくに問いかけてきた。 「神戸さんのお家って広いね。もしかして、お豆腐屋さんだから?」 イグザクトリー!と歯を光らせて親指を立ててほしいのか。 園原さんからヒロインの座を奪える猛者はいないが、探偵役としては失格である。 被害者役をするには華がありすぎるし、やはり犯人枠なのだろう。 美少女ヒロイン殺人鬼の中学生なんてコアなマニアにバカウケである。 ラノベヒロインみたいだ。アニメ化はまだか、円盤買います。 「よくわかんないけど、お豆腐屋さんは関係無いと思う……まあ、家の一部が祖父のお店だから、トータル的な面積は普通の家より広いのかな。あれ、そう考えたらやっぱり関係あるのか……?」 割り箸の先をガジガジと齧りながら思考する。 いつもなら行儀が悪いと雷を落としながら注意する祖父は、ただ今就寝中だ。 鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、祖父の居ぬ間に噛みグセである。 何一つ上手くないし、語呂が少々悪い。反省。 「そっか。神戸さんのおじいちゃんのお店なんだ。もしかして、一緒に暮らしてるのかな?」 「もしかしなくても、一緒に暮らしてるよ。隣の部屋でスヤスヤのスリーピングなう!だから、あんまり大きな声出さないでね。起きちゃうと困るから」 「だよね。わかった。神戸さんって五人暮らしなの?良いなあ。わたしの家はおじいちゃんとおばあさんとは別々だったから……」 「いんや?三人暮らしだよ。ぼくと祖父と祖母の三人。ぼくの家族は二人だけだよ」 園原さんは形の整った薄桃色の唇をキュッと結んだ。ぼくは続ける。 「ぼくの両親はぼくが生まれてすぐに交通事故で亡くなったんだ。お父さんとお母さんの顔なんて写真でしか知らないし、一緒に暮らしてた記憶なんてないよ」 「えーっと、ごめんなさい。わたしってば、聞いちゃいけないこと聞いたかな……」 園原さんは申し訳なさそうな顔をした。 ぼくの心の中に、苦い灰汁のようなものがわき出て来る。 先に言っておくと、園原さんの発言のせいではない。 自分の虚言癖に嫌気がさしたのだ。 今の嘘が真実であれば良かったんだけどな。 お父さんとお母さんが居ないのは本当だ。 お父さんを写真でしか知らないのも本当だが、死んだのは嘘である。残念なことに。 あの男は交通事故でくたばるようなタマじゃない。 お母さんと一緒に暮らしていた記憶はあるが、もう数年前のことである。 ぼくのお母さんはある日突然あの家を出て行って、二度と帰って来なくなった。 ぼくが最後に見たのは壺の中に収まるほど小さくなった姿だ。 あまり鮮明に思い出したくはない。 「……べつに。……、……もうずっと昔の話だからなっ!そんな気にしなくて良いですよ。無限回したわ、こんな会話。慣れてるからヘーキヘーキ」 「そう、かなあ。神戸さんは強いね。すごいと思う。わたし、憧れちゃうなあ」 美少女、突然のデレである。 鈴を転がすような声で褒め殺しされてしまう。 ぼくが明日の朝日を拝むことは叶わないのだろうか。 神戸愛花(こうべまなか)、享年十五歳。 南無阿弥陀仏。 お姫様の些細な一言で我ら平民の生命は決まるのであった。 キャー!園原さんサイコー! 美少女の経血入りの蜂蜜酒なんて変態御用達の裏オークションで高値で取引されそうな代物である。 幼気なぼくの性癖が歪んでしまう。はわわわわ。 「やめろよ。ぼくがケダモノに豹変したらどうしてくれるんだ。これ以上ヤバめな性癖を増やしたくないよ。リアルの生理ネタは流石に業が深すぎる」 「?神戸さんって、やっぱりなんかちょっと独特だね」 園原さんは丸いちゃぶ台に両肘をついて、赤い袖に半分ほど覆われた両手で白磁の頬を支える。 オブラートに包まれている感が否めない。 「つまりなんだね。変人って言いたいのかな。よく言われるよ。なはははは」 首を赤べこのようにガクンガクンと揺らしながら笑い声を上げた。我ながら不気味である。 ぼくが園原さんなら、頭のおかしい人を精神科病院に連れていくと噂の黄色い救急車を召喚するだろう。 「そうだね。普通よりは変わってる、と思う。でも、すごく良い子だよね。神戸さんって。もちろん、褒めてるよ?」 言って、園原さんは下唇を隠してにっこりと笑う。 ドン引きするどころか肯定するなんて、彼女は女神の生まれ変わりか何かなんだろうか。 「……ごちそうさまでした」 ぼくは箸を置いて手を合わせる。 「お粗末さまでした」 笑みを崩さない園原さんを見て、やっぱり彼女みたいな子が人殺しなんて現実感が薄いなと思った。
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